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富士山世界遺産とハラール・ツーリズム(副センター長、国際関係学部教授 富沢壽勇)




7月16日  副センター長、国際関係学部教授 富沢壽勇
イスラーム教徒が消費できる商品やサービスを扱うハラール産業(「ハラール」とは「神が許したもの」を意味する)が、我国でもようやく注目されるようになってきた。各地で同産業関連のセミナーなども開催されるようになり、今年東京で農林水産省やメガバンク主催の研究会やセミナーに参加してみたが、いずれも会場はほぼ満席で熱気があった。先日は東工大でも「食のハラール性に関する国際シンポジウム」が開催され、座長として参加する機会を得たが、さまざまな食品関連企業、観光業、行政・メディア等の代表者など約300名が会場を埋め尽くす盛会ぶりであった。静岡からの参加業者があまりにも少なかったのには正直落胆させられたが、出席者の中には、ハラール産業を果敢に活用して九州の地域振興を計画するベンチャー企業の女性もおり、しかも彼女が静岡出身であることを知って、本県もまだ捨てたものではないと勇気づけられもした。

ハラール産業がかくも注目されるようになったのは、経済成長著しいイスラーム圏で中間層や富裕層が着実に成長し「イスラーム市場」「ムスリム消費者」という巨大市場が出現していることに人々が気づき始めたことが大きい。国内では、東アジアからの訪日観光客の近年の減少傾向と対照的に、急増傾向にあるムスリム観光客を対象とした、いわゆるハラール・ツーリズムに活路を求める動きがあることも無視できない。特に、短期滞在のムスリム観光客となると、受け入れホスト側は圧倒的に非ムスリム日本人であるため、イスラームの宗教生活や食の規制については十分な理解が必要となる。たとえばハラール食を提供できるホテルやレストラン、1日5回の礼拝を配慮した施設や観光スケジュールの手配、ムスリムが訪れるのに支障がない観光地の選択などである。

さて、富士山が世界遺産として登録されることがついに決まった。言うまでもなく、世界遺産は観光化が目的ではなく、保護することが一義的に重要であるが、観光客増加による経済波及効果への期待が大きくなっているのも否定できない事実であろう。しかし、富士山世界遺産にムスリム観光客を案内する場合、やや気になることがある。富士山は「世界文化遺産」として登録され、その「文化」とは「信仰の対象と芸術の源泉」を含むものとされている。私の専門の文化人類学の立場からすれば当然「宗教」は「文化」の一部であり、ユネスコやイコモスの立場も基本的に変わらない。しかし、ハラール・ツーリズムでは「(宗教的)信仰の対象」としての富士山はあまり強調しない方が無難であろうと考える。ムスリム観光客の中には、京都・奈良の古都を訪問する場合、異教徒の宗教施設である神社仏閣を忌避する人もあり、また、偶像崇拝を禁止する立場から仏像などを訪問対象から外すことを望む人もいる。その延長で考えれば、老婆心かもしれないが、たとえば富士山を遥拝する古い祭祀の形をとどめていると言われる山宮浅間神社などへの案内も注意を要する。他方、日本人の自然観・世界観を示す「文化」の側面に力点をおいて紹介すれば、それを寛容に享受するムスリム観光客もいるかもしれない。いずれにせよ「世界文化遺産」の「信仰」部分を無闇にセールスポイントにして観光事業を進めていくと、落とし穴もありうる。ムスリムおよび非ムスリムいずれにも適用しうるような、普遍性の高い観光戦略を考えていくことが期待される。