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日本・モンゴル外交関係樹立50周年を記念して ”日本のODA外交の成功例” (客員教授 パンティーン・ガンホヤグ)


モンゴル国大学院大学国際研究所長
     P.Gankhuyag (Dr.PhD)

 今年はモンゴル日本両国関係の節目の年である。モンゴルと日本の外交関係は1972年2月24日に結ばれ、今年で50周年を迎えている。両国が独立国と認め合い外交樹立されて50年だが、歴史を振り返れば何らかの関係で古くからお互いに関心を持っていた事が研究者たちの書物に多く記載されている。モンゴルと日本において、文化や人種の類似性蒙古斑など感情的親密な思考があっても、歴史の中で二回ほどお互いの国を侵略している。

 最初は13世紀のモンゴル帝国時代、1266年、フビライハーンは日本の天皇に国書を送り友好関係を結ぶことを提案し、再三にわたり使者を送ったが使者たちは消息を絶ち、最終的には日本を攻める事が決定された。結果はモンゴル軍が神風でやられ全滅した事で終わった。

 次は日本軍が1939年にモンゴルの東の国境ハルハ河方面からモンゴル人民共和国へ侵略し、モンゴル側にとっては祖国を守る大戦争となり大きな被害も受けている。この戦争のことは日本であまり知られていなく、ノモンハン事件として資料に残されている。このハルハ河侵略戦争のことは、モンゴル日本両国の国交改善に大きな壁となったことが、学者たちの主な研究テーマである。

 1961年にモンゴル人民共和国が国連に加盟、その直後から両国の外交関係締結交渉が始まり、モンゴル側が要求するハルハ河侵略戦争の賠償金問題で双方が合意できず交渉が10年間も続いた後、1972年の2月24日に外交関係が結ばれた。この長年の交渉の決定要因は何だったのか。国交樹立出来た1972年頃の両国の政治情勢は敵対している関係だったが、この50年間で総合的パートナーシップを結び、最も友好的な国になったことが筆者が興味を持つところだった。

 両国の国交が樹立された直後から、モンゴル国に最も必要とされる開発プロジェクトの研究調査に入っている。その調査の結果、モンゴルのカシミヤ原毛を製品化する一貫工場を日本の政府無償援助で建てる「モンゴル人民共和国と日本国との間の経済協力協定」が1977年3月17日に両政府間で署名された。

 日本政府開発援助の一回目のカシミヤ工場プロジェクトは、両国の外交関係改善の進行に重要な影響を及ぼした。技術移転に必要な人材育成などの必要性から、多くの若者が往来できる様になった(当時のモンゴルの若者はソ連又は旧社会主義国以外の国へ勉強に行く事が制限されていた)のも事実である。又、日本語とモンゴル語、文化研究、スポーツ、相撲などの交流、民間交流、友好協会なども活発になった。

 戦後、世界は二極化し冷戦時代が始まったため、モンゴルと日本の直接的な交流関係を樹立することは大変困難であった。当時の日本人の間では、モンゴル国はソ連の衛星国であり、共産主義イデオロギーに支配された閉鎖的な小国という理解が多くを占めていたと思われる。モンゴル国民にとっては、日本は第二次世界大戦を引き起こすきっかけを作った好戦的な政府を持つ国という理解が強かった。

 モンゴルと日本の関係が歴史的転換を経て現在のレベルに到るまで発展してきたことは、社会主義の崩壊により急激に変化した新しい国際情勢において、モンゴルと日本の利益と関心が同じ線上にあったことと関係していると思われる。社会体制やイデオロギーの違いからモンゴルと日本が二国間関係を発展させる可能性は制限されていたが、双方の国会議員団は1974年から相互訪問を開始し、1987年と1989年には両国外相、1990年と1991年には両国の総理大臣がそれぞれ相手国を訪問した。

 1991年に日本の海部俊樹総理(当時)がモンゴルを訪問した際、モンゴルの民主化を支持する日本の政策を発表した。この政策は、モンゴルの改革を支援する日本と国際社会の枠組みを創出するために成功裡に実施された。日本政府はモンゴルを1991年から政府開発援助の対象とし多くの借款•援助を供与した。日本は1991年、1992年、1993年のG7先進国首脳会議においてモンゴルの民主化を政治的•経済的に支援することを最終文書に記載させ、世界銀行と共同でモンゴル支援国会議の議長を務め、この会議を1991年以降10回開催した。この支援はモンゴル国が民主化と市場経済に移行するのに欠かせない原動力となり、財政支援、道路運輸、鉱山、エネルギー、教育、食料、保健医療、通信、農牧業、社会保障、災害対策、文化など幅広い分野に供与された。

 モンゴル国のエルべグドルジ大統領は2010年11月に日本を公式訪問し、両国の戦略的パートナーシップ構築のための共同声明に署名した。
日本国の安倍晋三総理大臣は2013年3月にモンゴルを公式訪問し、両国の経済関係を促進したいとして「エルチ(モンゴル語で活力)」を提案した。また、9月にはモンゴル国のアルタンホヤグ首相が賓客として訪日し、両国の首相はこれまで「戦略的パ一トナーシップの構築」を目指してきた関係をさらに高いレベルに引き上げるべく、今後はその強化を目指していくことを趣旨とする共同声明を発出し、その実現のための中期行動計画(2013〜2017年)を採択した。

 日本政府は1991年から2020年までの間、モンゴル国に合計1,228億円の無償資金協力、1,829億円の円借款、533億円の技術協力を供与してきた。日本はモンゴルに対する外国•国際機関からの援助の50%、国際機関を除けば70%を占めている。 モンゴルと日本は「戦略的パートナー」であり、両国間の交流、協力はあらゆる分野で進展している。

 モンゴル日本経済連携協定(EPA)交渉は、2012年6月以降7回開催され、2014年7月に大筋合意に至り、2015年2月に署名され、2016年6月に発効した。

 モンゴルと日本の経済協力は、両国の国民の関心と感謝の向上を図り、更には国交樹立の1972年には戦争状態にあった両国が,50年足らずのそれまでの短い歴史の中で戦略的パートナーシップ国として宣言するという結果に至った。

 結論として筆者は、両国の関係改善、国交樹立までの問題解決、そしてモンゴルの民主化や市場経済への移行期の経済困難を乗り越えるなどには日本政府援助の大きな恩恵があり、これを日本国ODA外交、経済協力援助政策の成功例として取り上げようと思う。