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現代における「地震・雷・火事・親父」はなにか(特任准教授 鴨川仁)


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1月15日 特任准教授 鴨川仁
日本に古くから伝わる言い回しに「地震・雷・火事・親父」というものがある。これは世の中で恐れられているものを順に列挙したものである。この言い回しは現代のほとんどの人が知っていることだろう。幕末、1855年の江戸で起こった安政江戸地震後には多くのかわら版に地震を表す鯰(なまず) とともにこの言い回しが記載されていた。親父というのは、かつて一家の主として威厳があるものとして恐れられていたが、現代ではそういった認識はなくなりつつある。そこで現代でもこの言い回しは適当なのか考察してみたい。

地震は、いまだ人類にとって大きな災害をもたらす。海域の大地震は津波を引き起こすため一旦起きると災害は拡大する。近年、日本では、2011年東日本大震災があり、2万人近くの犠牲者が発生した。その多くは津波によるものであり、世界でも津波はいまなお最も犠牲者を出す自然災害だ。また現代都市における初の直下型地震である1995年阪神大震災は、未明に起きたため多くの人が家屋や家具の下敷きとなった。犠牲者は、当時戦後最大で約6500人であった。内閣府が発表する昭和20年からの自然災害による死者(行方不明者)総数は、昭和34年の伊勢湾台風までは台風による犠牲者が地震に比べて倍ほど多い。伊勢湾台風に至っては5000人強の犠牲者を生み、その反省から台風予測のための観測を大幅に強化した。その結果、犠牲者数は大きく減少に向かった。一方、津波を含む地震は、犠牲者数はさほど変わらないことから我が国にとってはいまだ最大の脅威といってもいいだろう。

雷についてはどうであろうか。近年の落雷による犠牲者は、毎年20人前後であることが報告されている。江戸時代では、幾度も落雷起因の火事が発生していたとみられ、かなりの犠牲者を生んでいたとみられる。また、近年毎年発生している集中豪雨ではたびたび100人を超える犠牲者がいまだ発生していることを考えると、現代における落雷による犠牲者は少なく、対策は効果をなしているといえるだろう。落雷発生を含む天気予報の精度も上がり、避雷施設が完備されている現代社会では、地震の次の脅威は雷そのものではなくなってきた。ただし、台風、集中豪雨が落雷と同じ気象起因であることを考えると、これらの犠牲者は年間100人前後いるので、気象起因の自然災害はまだまだ脅威なのだ。

一方、火事についてはどうだろうか。日本においては、人為的な要因(たばこ、コンロ、放火など)が火災の多くを占める。死者数もここ20年ぐらいは徐々に減少しつつあるが、戦後からの状況をみると高止まり傾向であり毎年1500人ぐらいである。犠牲者が毎年大きくは減少していないことから考えると、年間1万人を頻繁に超えていた交通事故が現在では3000人を切るまで減少したのに対し、火事は現代社会でもまだ対処が難しい脅威といえる。

最後の親父は、言葉の語呂合わせもあって入り込んだものだろうが、ここでは拡大解釈して「人」、つまり人間関係としたらどうであろうか。本稿では詳しく扱わないが人間関係の問題は、人にとっての大きな悩みであるはずだ。自ら死を選ぶひとつの理由にはいじめなどの人間関係である。2000年代前半で自殺者は年間3万5千人もおり、昨年でも2万人であり大きな社会問題だ。

以上の考察により現代においても、言葉の解釈を変えればさほどこの言い回しはかえなくてもよいであろう。犠牲者数だけに視点を当てれば地震、雷の順ではないかもしれないが、いずれの項目も被害は現代でも多いため、少しでも犠牲者を減らすための努力が必要だ。