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新型コロナ対応ワクチンのイスラーム圏での受容(副センター長 富沢壽勇)


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2月15日 国際関係学部特任教授 富沢壽勇
わが国でも新型コロナ予防ワクチン接種がまもなく開始する運びになったようである。他方、2月14日付の毎日新聞によると、すぐに接種を希望すると回答している者は4割に満たないという数字もある。そもそも一般にワクチン受容姿勢は当該国や地域の歴史・政治経済事情や地理的環境、宗教をふくむ文化要因なども反映して多様だと思われる。効果的な集団免疫獲得のために十分な接種率を得るためには、したがって各地の人々の認識や価値観、行動特性を含む受容姿勢についての人文・社会的な知識も重要である。

ワクチン忌避が麻疹、ポリオ、髄膜炎などの流行を助長してきたことは従来から指摘されており、忌避問題は、W H Oも2019年度地球次元の健康問題の十大脅威の一つと位置づけている。2020年9月刊の医学雑誌『ランセット』によると、149カ国の調査の結果、2019年までの4年間にワクチンへの信頼感が顕著な低下を示した10カ国のうち、7カ国はイスラーム圏(アフガニスタン、アゼルバイジャン、ボスニア・ヘルツェゴビナ、インドネシア、マレーシア、ナイジェリア、パキスタン)で残りの3カ国にはジョージア、セルビアとともに、なんと日本も入っているとのことである。

ワクチン忌避の理由は副反応への懸念が主流と思われるが、さらに加えてイスラーム圏ではワクチン素材のハラール性という問題がある。それはハラール医薬品という考え方につながる。イスラーム教徒にとって医薬品は、口や皮膚、粘膜等を通じて人間の身体に取り込まれるものであるから、原則として飲食物と同様にハラール(神が許したもの)でなければならないという論理である。具体的には、豚などの非ハラール動物、イスラームの定めた方法で屠殺されていない動物や人体に由来するもの、さらに酒を素材として含まないことが要請される。したがって、世界で多用されてきた豚のゼラチン使用のカプセルや錠剤、ワクチンなどを回避し、ハラール素材の代替医薬品で置き換えて行くといった動きがある。実際、インドネシアなどではかつて聖地マッカ(メッカ)巡礼に必要な髄膜炎のワクチン接種で欧州製のワクチンに豚由来の成分が含まれていることが判明して問題化したこともある。また、マレーシアでは2022年までに世界初のハラールワクチン工場を構築すると標榜する製薬企業も現れている。

さて、現今の新型コロナ禍という地球規模の緊急課題に直面し、インドネシアもマレーシアも近隣の東南アジア諸国や中東・北アフリカの一部と同様、中国製や欧米製のワクチン導入を早々と承認している。インドネシアではウラマー評議会の食品医薬品化粧品研究機関(LPPOM-MUI)による中国での現地視察と監査を通じたシノヴァック社製ワクチンのハラール認定を踏まえ、国家食品医薬品監督庁(BPOM)からの緊急使用許可も経たうえで、国のハラール製品保証機関(BPJPH)が、同ワクチンをハラール認証し、これに基づいて大規模接種も開始したようである。また、報道によれば、別の中国企業製ワクチンの緊急使用を承認したエジプトの政府機関ファトワ(宗教令)庁の幹部は、仮に豚由来の成分が含まれていたとしても「(製造過程で)性質が転換される」ため、宗教的に不浄ではないとの解釈を示したとのことで、これも裏返せばワクチンのハラール性に重点を置いた正当化の根拠を説いていると思われる。

他方、同じイスラーム圏でも材料のハラール性には関係なく、ワクチン接種は「生命や生活を守る助けになるので問題ない」という理由で承認するイスラーム法学者や宗教指導者層のいる国々もある。ワクチン受容という結論は同じだが、承認の根拠の焦点が異なっていることに注意したい。ハラールの視点からは、ハラームのもの(神に禁じられたもの)を摂取してはならない、とするのが大原則だが、通常は禁じられている飲食物でも、災害や飢饉などで飢餓の危険にさらされる緊急状況下においては、ハラールの代替物が存在しない場合、それを摂取することは許されるというイスラーム法上の解釈もある。医薬品については考えようによっては常に生命維持の危険があるため、この解釈が適用される余地も大きいことになる。上記のワクチン承認の論理もこの発想に準拠している。このように、イスラーム圏内の新型コロナワクチン受容の論理は微妙に異なるものの、緊急事態に直面した生命維持の必要性は共有されていると言ってよい。有効性の高いハラールワクチンが新規開発されるまでは、主にこの論理で既存ワクチンの受容が進行して行くと思われる。