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HOME >  中国展望 (特任教授 柯隆) >  2014年 >  第6回 日中関係の改善は文化交流から(11月19日)

第6回 日中関係の改善は文化交流から(11月19日)


40代以上の中国人は今週みんなショックだっただろう。「杜丘」が悪性リンパ腫により83歳でなくなった。実に信じられないことだ。

杜丘とは「追捕」という日本映画、「君よ憤怒の河を渡れ」の検事役で高倉健のことである。実は、30年余りの中国の「改革・開放」政策はこの一本の日本の映画から始まったものといっても過言ではない。最高実力者だった鄧小平は35年前に国民に向かって四つの近代化を実現せよと呼び掛けたが、それをきちんと理解できた国民は少なかった。

四つの近代化とは、農業の近代化、工業の近代化、科学技術の近代化と国防の近代化である。しかし、何をもってそれらが近代化していると評価すればいいかまったく不明である。たとえば、農業の近代化といった場合、全員腹いっぱい食べられる状況をいうのか、それとも農家が全員トラクターを所有しているという状況なのか、はっきりしない。

1980年ごろ、ある一本の日本の映画が中国に輸入され、中国全土で上映された。当時の中国の外貨事情から中国はその放映権を有償で輸入したのではなく、おそらく寄付されたものと推察される。当時、外国の映画は字幕ではなく声優による吹き替えだった。吹き替えられた原作は2時間以上あったが、実際に映画館で放映されたのは1時間半の短縮版だった。共産党宣伝部門からみて不適切な部分は全部カットされた。

それでもそのまま映画館で一斉に放映したわけではなく、共産党幹部の等級に応じてみる順番が決まった。高級幹部は先に鑑賞し、草の根の庶民は最後だった。

もしこの映画がイギリスかフランスの映画だったら、それほど大きな衝撃はなかったのだろうが、日本の映画だから大きな衝撃を中国社会に与えた。というのは、それまで中国人が持つ日本人の印象は中国で作られた抗日戦争の映画のなかで銃をもって侵略に来る日本の軍人ばかりだったからだ。実際に日本という国はどういう様子なのか、誰も知らない。

突然、高倉健が演じる刑事の物語が上映され、そのなかに、新宿のピカピカな地下街のシーンもあれば、北海道の牧場主はセスナ機まで保有していた。当時の中国では、人々が持っているのはせいぜい国産の自転車だけだった。この映画によって中国人の神経が刺激され、日本人ができることは同じ黄色い人種の中国人でもできるだろうと考えるようになった。

冤罪を着せられた検事を逮捕しに来る原田芳雄演じる刑事が北海道の山のなかで熊に襲われ大けがをした場面は、とくに印象深かった。検事はその場で手当をして刑事を助けた。しかし、目覚めた刑事は突然拳銃を取り出し、「たとえお前が俺を助けたとしても、お前を逮捕する」といった。これこそ模範的な共産党幹部じゃないかと当時思った。否、中国共産党幹部ならその検事を逃したに違いない。 

要するに、この映画を見たすべての中国人は経済と社会の近代化について具体的なイメージを抱くことができた。日本のような近代的な社会こそ中国が目指すべき四つの近代化なのである。この映画からは日本が侵略国家とは感じられない。それ以降、中国人は侵略された歴史を封して日本のことを受け入れた。

むろん、当時の多くの中国人は高倉健など知らない。知っているのは映画のなかのヒーロの杜丘だけである。その後、高倉健は中国を何回も訪問し出会った中国人に「杜丘」と呼ばれた。これこそ文化の力であり、今の言葉でいえば、ソフトパワーである。今、日中関係はよくないが、日中関係を改善するために、こういう文化の力を存分に発揮すべきである。