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第21回 中国にとってのイギリスのEU離脱の意味(6月30日)


イギリスのEU離脱(brexit)は現実味を帯びてきたが、それが具体的に何を意味するものかは依然としてはっきりしない。イギリスのGDP規模は世界5番目だが、中国の3分の1以下である。イギリスの国際貿易が世界全体の貿易量に占める割合は4%程度である。EU離脱でイギリスの貿易はいくらか影響を受ける可能性があるが、それは、世界経済への影響を考えると、ほとんど心配に値しない程度である。

おそらくイギリスのEU離脱でもっとも心配されるのは、ロンドンのシティ(金融街)の存在が揺らぐのではないかということである。2015年、習近平国家主席はイギリスを公式訪問したとき、ロンドンで人民元のオフショア市場の設立を表明した。ロンドンのシティはヨーロッパにおける重要な金融センターである。しかし、今回のEU離脱を受けて、S&Pは英国債の格付けを大きく引き下げた。

天津で開かれている夏季ダボス会議で李克強首相が演説し、そのなかで「英国のEU離脱で世界経済の不確実性が高まっている」と指摘。中国にとってロンドンが国際金融センターとして存立していけるか、については心配だが、中国経済が受ける影響は限定的と思われる。

実は、イギリスのEU離脱はイギリス経済が揺らぐためのリスクというよりも、EUという経済ブロックの存立が危うくなるのではないかというドミノ効果が一番心配されている。胡錦濤政権の時代から、中国はEUにアプローチし、対米関係とのバランスを考えEUを戦略的に位置づけしている。ドイツのメルケル首相は就任してから9回も訪中している。中国が進めている「一帯一路」(海のシルクロードと陸のシルクロード)戦略はまさに極東アジアからヨーロッパまでのユーラシア大陸をまたがる巨大な経済圏の形成である。それが完成すれば、アジア、中東、東欧と西ヨーロッパからなる巨大な経済圏が出来上がり、モノ、ヒトとカネの流れがより効率よくできるようになる。

しかし、EUの存立が危うくなると、中国が描いている地政学的なマップが完全に書き換えられることになる。中国にとって対米関係はもっとも重要な外交関係だが、それを安定させるためには、EUとの関係を安定させる必要がある。そのなかでイギリスとの関係は重要な柱になる。たとえば、2015年、中国が主導してアジアインフラ投資銀行を設立したとき、イギリスは率先してそれに参加することを表明した。国際戦略においては、種々の国際関係を効果的に組み合わせてバランスを取ることが重要である。

グローバルな視点からみると、イギリスのEU離脱は経済のグローバル化が大きな壁にぶつかっていることを意味する。本来ならば、かつて帝国だったイギリスの人々は経済のグローバル化に理解があったはずと思われていた。しかし、イギリス経済の衰退により、人々はEU残留により発生するコストを払う心の余裕がなくなったようである。EUに残留した場合、イギリスにとっての一番のメリットは経済規模の拡大に伴って生ずるスケールメリットである。今回のEU離脱でイギリス人の半分以上はこうしたスケールメリットを放棄したのである。

中国はイギリスのEU離脱についてどのように受け止めればいいか、まだ結論が出ていないはずである。李克強首相のいう不確実性はこういう意味であろう。先行きが分からないのは一番のリスクである。どんな悪い状況でも先行きがはっきりすれば、対処できる。どうなるか分からない状況には対処のしようがない。