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清水港と大豆輸入 (特任助教 粟倉大輔)


静岡県立大学グローバル地域センター 
特任助教 粟倉 大輔

 戦前期の清水港の主要輸出品が緑茶であることはすでによく知られていることと思われるが、一方で、同港の主要輸入品についてすぐに思いつくという人は、それほど多くはないのではないだろうか。実を言うと、私自身も、戦前期の清水港が研究対象のひとつであるにもかかわらず、その輸入の実像について数年前までよく知らなかったし、また積極的に知ろうともしなかった。大変恥ずかしい限りであるのだが、茶業史が研究のメインテーマであることも影響してか、清水港の緑茶輸出の状況を把握するだけでそこからさらに視野を広げることができないままであった。

 ようやく輸入面も含めての戦前期の清水港の貿易状況について私なりにまとめたのが、拙稿「戦前期における清水港の貿易とアジア」(2021年)である。この論文をまとめるなかで、当時の清水港の主要輸入品が大豆であることを知った。この大豆は満洲(中国東北部)産で、1920年代にその輸入が本格的に始まった。そこから1930年代にかけて、清水港の輸入総額に占める大豆輸入額の割合は、ほぼ50%以上を記録している。特に20年代後半からは60%を下回る年はないくらいであった。それだけではなく、日本の大豆輸入総額に占める清水港の大豆輸入額の割合も、ほぼ20%台以上を維持している。戦前期の清水港は緑茶の輸出港であっただけではなく、大豆の輸入港としての一面も持っていた。

 満洲で大豆は大豆油や大豆粕に加工され、このうち大豆油は欧米において灯火用や車軸用潤滑油として、大豆粕は日本において肥料として利用された。つまり、当時は工業や農業部門での大豆需要が高く、食用としてはそれほど重んじられてはいなかったのである。

 清水港の大豆輸入活発化のきっかけとなったのが、第1次世界大戦(1914~18年)中に急速に経営規模を拡大させた総合商社鈴木商店の清水進出であった。すでにベンジン抽出法という大豆油を効率的に抽出する方法を保有していた同商店は、1916年に清水港の修築工事の結果誕生した埋立地(16万8,796平方メートル)の払い下げを受け、翌1917年に大豆の搾油工場を設立した。この清水工場以外にも、兵庫県の鳴尾や神奈川県の横浜に鈴木商店の製油工場は建設されたが、清水工場の大豆処理能力は全国でもトップクラスであった。第1次大戦後、経営不振に陥った鈴木商店から、その製油部が1922年に豊年製油株式会社として分離独立している(豊年製油は1989年にホーネンコーポレーションに社名変更し、2004年にJ-オイルミルズとなる)。

 敗戦後、中国・満洲からの大豆輸入は杜絶している状況であったが、1948年5月に8,300トンのアメリカ産の大豆が輸入されることになった(なお、農林水産省『大豆をめぐる事情』によると、現在でも日本の輸入大豆はアメリカ産が約70%を占めている)。この大豆は、豊年製油の清水工場で、食用油や人造バター(マーガリン)に加工され、また大豆粕は味噌や醤油の原料に回される予定であったという。実際にその通りに使用されたのかは不明であるが、戦後の食糧事情が反映されているといえよう。その後も大豆の輸入は盛んに行われ、1980年までの清水港の輸入額上位5位に必ず入っているほどであった(80年代以降の大豆輸入の具体的な状況は管見の限り不明)。

 現在の清水港の大豆輸入のデータについては、2022年の輸入量と輸入額が名古屋税関の作成した資料(『注目の健康食品!大豆の輸入』)から把握できる。これによると、前者が28.6万トン、後者が260億円で、それぞれ輸入総量の8.2%(5位)、輸入総額の7.7%(5位)である。また、清水港管理局のホームページの「グラフで見る清水港2022」に掲載されている2022年の同港の輸入量と輸入額の円グラフを見てみると、輸入額には大豆関係の項目は確認できないが、輸入量には「豆類」という項目がある。この数量は27.4万トン(全体では4位)とあるので、名古屋税関の数値と若干の差異があるが、清水港に輸入された「豆類」の多くは大豆と考えて問題ないだろう。以前ほどの重要性は持っていないかもしれないが、清水港が日本の大豆輸入の一翼を担っており、また清水港の主要輸入品として大豆は注目する価値がまだまだあるものと思われる。

 2022年の日本の大豆需要(約390万トン)の内訳を見ると、油脂や油脂原料、油粕といった油糧用が全体の70%、食品用が26%、その他(飼料・種子など)が4%と、油糧用の割合がかなり高いことがうかがえる(農林水産省『大豆をめぐる事情』)。ただし、油糧用といっても、このなかには食用油と食用以外に使う油も含まれていると考えられる。戦前期と比べると現在では大豆の用途は幅広いものとなり、さらには、健康志向の高まりや良質なタンパク源としてこれまで以上にその需要が高まっているという。

 戦前から続いてきた清水港の大豆輸入の歴史を深く掘り下げていくことで、今後の油脂や食糧の供給・消費の動きを考察するうえでのヒントが得られるかもしれない。

参考文献・参考サイト
清水市『清水市史』第3巻、吉川弘文館、1986年。
平賀緑『植物油の政治経済学』昭和堂、2019年。
公益社団法人静岡県文化財団『清水港~これまで・今・これから~』株式会社ことのは社、2019年。
粟倉大輔「戦前期における清水港の貿易とアジア」(『21世紀アジアのグローバル・ネットワーク構築と静岡県の新たな役割―静岡県と浙江省のさらなる学術・文化交流に向けて―(2018-2020)』、71~88ページ)、2021年。
名古屋税関調査部調査統計課『注目の健康食品!大豆の輸入』、2023年。
農林水産省『大豆をめぐる事情』、2023年。
J-オイルミルズホームページ(https://www.j-oil.com/
清水港管理局ホームページ(https://www.portofshimizu.com/