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ウクライナ戦争について今何を考えるべきか (客員教授 東郷和彦)


5月31日 静岡県立大学グローバル地域センター客員教授 東郷和彦
ウクライナ戦争の現状
 2022年2月24日、ロシア軍がウクライナに侵攻し、ウクライナ戦争が始まってから、二年と三カ月がたった。つくづくと、もうこの戦争はやめねばならないと思う。しかし、日本の論調は、いかにしてウクライナ米英NATOが勝てるかの体制と作戦と戦況のミクロ分析に終始し、いかにして戦争をやめうるか、そのために、欧米とロシアが何を考え、どのようなシグナルを出しているか等の報道は、全くと言って良いほど、行われていない。特に、国民の実体理解に非常に大きな影響力をもつ、テレビの報道では、こういう大局的な議論は、ほとんど伝わって来ない。
 私は、このような状況は、本当におかしいと思う。
 攻め込んだプーチンの行動に批判する声があがることは、当然のことである。しかし、敵の論理を知らずして、いかにして国民は戦争についての正確な判断ができるのか。ましてや、いま、ウクライナ、ロシアにとって、一刻もはやく、停戦による安定した平和を構築することが最重要事項と考えるなら、敵の論理を知らずして、如何にして話し合いができるのか。
 日本は、1941年第二次世界大戦に参加し、明白な負け戦に転じた後も敗戦の受諾ができず、多くの人命を失った。それでも「終戦内閣」たるを決意した鈴木内閣の下で、1945年、痛恨のおくれはあったにせよ、終戦に持ち込みえたのである。
 その裏には、敵国日本の論理を知悉していたグルー元駐日大使や、米軍戦争情報局で日本研究のために仕事をした文化人類学者ルースベネディクトによる「敵国日本の知識とそれに基づく献策」があった。このような歴史的背景をもつ日本だからこそ、政府も国民も、一刻も早い停戦のための知恵を出すことができるのではないか。

戦争の転変(2022年2月~2023年夏)
 この戦争の流れには、明白な潮の転変があった。開戦後ロシア軍は予想を超える連敗をかさねた。2014年のマイダン革命とクリミア併合後の8年間、米軍の様々な教育と支援により、ウクライナ軍が強化されていることを読み取れなかったプーチンの油断があった。
 だが、22年3月末、ウクライナもロシアも、イスタンブール和平会議で、和平合意あと一歩までたどり着いた。それを実現させなかったのは、「今和平を実現したら、ロシアを二度とこのような戦を始められないところまで弱化させるという戦争目的を実現できなくなる」としてゼレンスキーの和平努力をつぶした米英の強い意思があった。
 それから約一年、戦況は概ねウクライナとこれをバックアップする英米NATOに有利に展開した。ロシアは、22年9月、ドンバス2州に加え、ザポロジアとヘルソンをロシア領に編入する策を持って対抗するほかなかった。

戦争の転変(2023年夏~現在)
 だが戦の潮の目が、2023年夏から大きく変わった。6月のウクライナ反転攻勢の失敗、10月のハマス・イスラエルのガザ戦争による国際社会の対ウクライナ関心の低下、年末からのウクライナ指導部内の主導権争い(ゼレンスキー対ザルジュヌイ総司令官の対立等)、2024年の年明けから米国内共和党と民主党との対立からウクライナ支援軍事予算が完全枯渇したこと等が、一挙にウクライナと米英を襲った。このロシア有利の戦闘状況が、基本的には今に至るまで続いている。
 戦場での状況が明らかに有利に展開する中で、24年2月から、誠に興味深い状況が、プーチン側に出始めたのである。プーチン自身から、たくさんの「和平交渉開始」のヒントが出始めた。この超重要な潮の変化は、日本では殆ど報道されていない。
① 2月6日:タカー・カールソンによる2時間のインタビュー:プーチンは、交渉反対だったことはない事を強調のうえ、22年3月のイスタンブール合意にもどれるかという超重要ヒントをだした。
② 3月9日:「白旗を掲げる勇気をもて」というローマ法王からの援護発言。
③ 3月13日:人気テレビキャスターのキセリョフとの大統領選挙(15日から16日)前の重要インタビュー:タッカーインタビューと同じ発言
④ 5月24日:ロイター独占インタビュー:プーチン政権高官4名:プーチンは、必要なだけ戦う用意はあるが、「現状凍結」による停戦の用 意あり。
他方において、ウクライナ・米英仏は、戦況の継続的悪化の中で、断固戦う立場を明示し続けている。
① 2月17日:ミュンヘン安保会議でゼレンスキー演説「戦争がうまくいかないのは、武器支援を行わない西側の責任だ!」
② 同日:ウクライナ軍、ドネツクのアブデェフカでかつてない大敗走
③ 2月26日:マクロン「仏部隊ウクライナ送付の可能性排除せず」
④ 3月7日:バイデン一般教書「悪のプーチンは止まらない」
⑤ 4月20日:米議会600億ドルのウクライナ支援軍事予算承認。
⑥ これ以降、いかに早く効果的に有効な武器を送付し、提供武器により勝をとるかが西側の主要関心。ロシア本土攻撃許可の可能性も出て
きている。

現下の戦争の非常な危険性
 今戦争は極めて重要な局面を迎えている。
 戦争の最大の原因は、冷戦終結(89年)とソ連邦崩壊(91年)の最大の勝利者となった米国が、世界を自分の価値でしきろうとし、ロシアを挑発しつづけたことにある(ネオコンGW ブッシュ、バイデン)。―――少なくとも、この戦争はウクライナが米英の代理戦争をしていると見る、ロシアはそう見ている。
 プーチンはアメリカの価値に従わず、叩き返し、2023年夏より、ロシアの戦況有利の状況が始まり、その状況がエスカレートし続けている。
 だが米英NATOは、4月末に獲得した600億ドルを有効に使い、ロシア弱化のための作戦指導に余念がない。主たる原動力になっているアメリカは、11月大統領選挙勝利のためにも「ウクライナが勝ちに転じている」というイメージ創りのための戦争指導をやめることはできない。
 しかし、これは良くて「長期消耗戦」への誘導であり、そうなれば、無駄な人命の損失は、双方ともにさけられない。
 恐ろしいのは、ロシアが、「自分たちはこれだけ停戦交渉開始のシグナルをだしているのにそれを無視し、ロシア弱化のための戦を拡大強化するなら、一気に局面の大転換のための勝をねらう」作戦に転じるかもしれないことである。
 その場合、一部の専門家は、ウクライナ解体をめざし、最悪ウクライナ三分割のような攻撃をするかもしれないとの分析をしている。このような滅茶苦茶な勝をロシアにさせることは、将来の均衡ある欧州安全保障の姿を壊滅させることとなり、許してはならないと思う。
 そういう危険な事態をさける唯一の方策は、ロシア側からでている「停戦」へのシグナルを的確にキャッチし、一刻も早く、事態の主導権を軍人から外交官に移し、和平に向かって局面を転換させることのように見えるが、米英NATOウクライナからそれに呼応するシグナルは全く見えてこない。

結論を述べたい。
 筆者は、すべての当事者が考えるべきことは、無駄に死ぬ人を一人でも減らす「命の尊重」のための停戦だと考える。戦争の現状からすれば、ロシアもウクライナもこのことによって裨益する側面は明らかにある。
 戦況有利なロシアは、それを認めるにやぶさかではない。プーチン周辺から発出されるメッセージはあまりにもその方向をさしている。
 戦況不利なウクライナは、「絶対勝利」の御旗の魅力に勝てずに、戦い続ける魔力から自らを断ち切れない。結果として、ウクライナの兵と人民は死に続け、更に、果てしなき消耗戦か、壊滅的な敗北か、予想しがたい崖を落ちているように見える。
 その動きを遮断できる唯一の国アメリカは、大統領選勝利の為という国内事情によって、一人のアメリカ人の血も流すことなく、戦争指導に邁進している。
 結果として、「命の尊重のための停戦」はどこからも発信されないままに、消耗戦指導を続けるアメリカは、将来にわたる欧州安保制度構築の力を失い、いま、弱体化の一途をたどっているように見える。