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リュウグウノツカイは地震の前兆か?(客員教授 長尾 年恭)


1月10日 客員教授 長尾 年恭
 2024年1月17日で、阪神・淡路大震災から丸29年が経過します。年の始めに来年の事を言うと鬼が笑うかもしれませんが、2025年の1月はこの震災から30年という大きな節目であり、色々な特集が組まれるのではと推察しています。
 
 今回は大地震の前に観測される事のある「宏観異常現象」のうち、特に深海魚やクジラの打ち上げといった現象に注目したいと思います。大地震が起こる前に特別な機器などを用いなくても、人間の感覚で直接感知される異常現象を「宏観異常」と呼びます。「宏観」は中国語で、「人間の感覚で識別できるさま」を意味しており、日本語の「巨視的」という意味が近いと思います。英語ではmacroscopic anomaly と呼ばれています。

 この阪神・淡路大震災前の色々な異常(宏観異常)をまとめた「弘原海 清(編著) 前兆証言1519!」では、以下のような魚類に関する報告もなされています。
・地震の1ヶ月ほど前から徳島県南部の海岸一体で高級魚であるアオリイカが例年の10倍の漁獲量であった。
・淡路島や瀬戸内海方面でもアオリイカの水揚げが過去最大であった。
・震源地付近の淡路島岩屋付近では、ベラ(夏の魚)、グレ(春・秋の魚)という季節外れの魚種が冬季に釣れたのは初めて。
特にアオリイカは南海地震の直前にも徳島近海で大量に取れたという言い伝えも残っているとのことです。

 今回のコラムでは、そのうちの深海魚、特にリュウグウノツカイ等の打ち上げとか、クジラの大量漂着が地震と関係があるかについて考察してみます。

 昔からリュウグウノツカイが網にかかったり打ち上げられると「すわ!大地震か」といった報道がなされる事があります。それ以外にも、珍しい深海魚の打ち上げは大地震の前触れではないかという事が言われてきました。古くは1743年(寛保3年)に出版された『諸国里人談』に若狭国の海岸に人魚が現れ、その人魚を殺してしまったら30日後に大地震が起きてひとつの村がまるごと地中に呑み込まれたとの記載が存在します。この人魚の姿が深海魚のリュウグウノツカイを連想させることから、深海魚と地震とを結びつけた物語の例と考えられています。
 
 深海魚が地震の前に出現するのは、地震直前に海底から出てくるガスや電磁波のようなものを嫌がり、海面近くに逃れてくるのだという説が提唱されています。
 もし、このような言い伝えが本当であれば、それは防災情報として役立たせる事ができるかもしれません。そこで東海大学海洋研究所では、織原義明特任准教授が中心となり、学術文献、新聞記事、水族館等の公開情報を国会図書館等に足を運んで調査し、出現日と場所が特定できた情報から、1928年11月~2011年3月に確認された336件の深海魚出現カタログを作成しました。そして、リュウグウノツカイやサケガシラなど地震前兆の深海魚といわれている8魚種について地震との関連を調べました(Orihara et al., 2019)。

 判断基準としては、深海魚が確認/捕獲されてから30日以内に、発見場所から半径100キロ以内が震源となったマグニチュード6以上の地震が発生している場合を「関係あり」と判断しました。その結果、2007年7月の新潟中越沖地震以外では、対応する地震が発生していなかったのです。さらに深海魚出現数はかなり日本海側が卓越していました。それに対し、地震は太平洋側、特に東北地方沖合で多い訳です。さらに地震は季節に関係なく発生しているのですが、深海魚の出現/捕獲は冬に多く、夏に少ないという事もわかりました。
 
 残念ながら今回のこの調査では、「深海魚出現は防災に役立つ情報」という結論にはなりませんでした。動物異常行動と地震との研究については、まだ未解明の部分も多く、今後の課題だと考えています。

(図1)



深海魚が出現した地点から半径100km圏内(ピンク丸)で起きたマグニチュード6.0以上の地震(青色のひし形と星印)を調査。該当する地震221個中、発生した地震は2007年の新潟県中越沖地震のみだった。この時のものは、地震の27日前に、震央から約30km離れた新潟県柏崎沖で、深海魚の「サケガシラ」が漁網に入ったという記録であった。

(図2)



上のグラフが月別の深海魚が出現数(合計336)、下のグラフがマグニチュード6以上の地震の発生数(合計221個)。深海魚は冬から春に多く出現することが分かるが、地震は季節ごとの差があまりない事からも両者の関係性は小さい事が推察される。
ちなみにこの研究は米国地震学会誌に掲載され、アメリカでも大きな話題となりました。
 また織原義明特任准教授は、クジラの漂着、特に東日本大震災の1週間前に鹿島灘に大量のカズハゴンドウが漂着したため、震災発生後「あのクジラの大量漂着(打ち上げ)が東日本大震災の前兆だったのでは」という報道やネットでの情報拡散があった事から、この現象についても調査を行いました(織原・野田, 2015)。

 2011年3月4日に、震源から約300 km 南西に位置する茨城県鹿嶋市の下津海岸でカズハゴンドウが 54 頭打ち上げられました。このように海棲哺乳類が生きたまま陸に乗り上げることに加え、死体 での打ち上げや本来の生息範囲ではないところに迷い込む現象のことをストランディング といいます。
 日本では1986年から(財)日本鯨類研究所がストランディングの情報収集を開始しました。そのため本研究で は2001年1月1日から2011年3月11日までを対象期間としました。織原氏は特に2頭以上のクジラが漂着するマス・ストランディングという現象に注目し、解析を行ないました。そうしますとマス・ストランディングは期間中に6回発生していました。そして発生時期に強い季節性がある事がわかったのです。マス・ストランディングはなんと2月11日から4月23日まで(つまり冬から春の始め)のみに観察されていたのです。

 結論として6回のマス・ストランディングのうち 4 回では、その後30日以内に地震が発生していました。しかし、マス・ストランディングを伴ったこれら4回の地震と同エリアでは他の期間にも多数の地震が発生しており、マス・ストランディングがあればそのエリアで地震があるとはいえませんでした。従って統計的には 2011年3月4日に鹿島灘で確認されたカズハゴンドウのマス・ストランディングと、同年 3月11日 に発生した東北地方太平洋沖地震とは関係がなかったという結論になりました。

 繰り返しになりますが、これらの研究は深海魚の打ち上げやクジラのマス・ストランディングが防災情報としては使えない事を示していますが、地震発生と深海魚等の行動に関係が無いという事を証明した訳ではありません。
 宏観異常現象はまさに「未科学」と言える研究分野なのだと筆者は考えています。

【引用文献】
Orihara, Y., M. Kamogawa, Y. Noda and T. Nagao, Is Japanese Folklore Concerning Deep-Sea Fish Appearance a Real Precursor of Earthquakes?, Bulletin of the Seismological Society of America, Vol 109, Number 4, https://doi.org/10.1785/0120190014, 2019.
https://www.sems-tokaiuniv.jp/doc/Orihara2019BSSA.pdf

2011年東北地方太平洋沖地震前に発生したマス・ストランディング -鹿島灘における鯨類のストランディングと日本周辺の地震との関係-
織原義明, 野田洋一, 東海大学海洋研究所報告, 36, 39-46, 2015.
https://www.sems-tokaiuniv.jp/doc/Orihara_Noda_stranding_rev2015.pdf