グローバルナビゲーションへ

本文へ

フッターへ



サイトマップ

検索

HOME >  研究員リレーコラム >  危機管理部門/自然災害研究部門 >  日本沈没は起こるのか?(客員教授 長尾年恭)

日本沈没は起こるのか?(客員教授 長尾年恭)


静岡県立大学グローバル地域センター客員教授 長尾年恭
東海大学客員教授、(一社)日本地震予知学会会長
認定NPO法人「富士山測候所を活用する会」理事
国際測地学地球物理学連合(IUGG)・地震火山に関する電磁現象WG(EMSEV)委員長

 『日本沈没』は1973年に発表された小松左京原作の小説です。2021年にも「日本沈没」のテレビドラマが話題となりました。これまで 『日本沈没』は1973年と2006年には映画化、そしてテレビドラマとしても2度目のリメークがなされています。
 日本沈没は、はたして本当に起こる可能性は存在するのでしょうか。答えを先に言いますと、実は日本列島は沈没するのではなく、地質学的な時間スケールでは今後も隆起して、成長していくのです。この日本列島が長期的には隆起しているという事は、実は放射性廃棄物の最終処分場の適地を探す事が日本列島では難しい大きな理由でもあるのです。これは日本列島では「埋めた物は将来地上に出現する」という事を意味しているからです。
 プレートテクトニクスは1960年代後半に提唱された学説ですが、現在では観測に裏付けられている学説というより、数学の公理に近い学説です。プレートテクトニクス出現以前に世界のどこで地震が発生しているのか、海底山脈がどこに分布しているのか、海溝はどこに存在しているのか等については、観測により解っていましたが、なぜそこで地震が発生しているのか、海底山脈や海溝がどうしてそこに存在するのかという事について、理論的な説明はなされていなかったのです。
 プレートテクトニクスとは、非常に簡単に言うと、上下方向の地面(地殻)の動きで地学現象を説明しようとしていた古典的な地質学ではなく、水平方向の地面(地殻)の動きで、全ての地球表面ないし地下で起きている現象が説明できるようになったのです。プレートテクトニクス理論の出現により、なぜ日本の周辺では地震が多く発生するのか、なぜヒマラヤ山脈はあれほど高いのか等という事に統一的な説明ができるようになったのです。
 プレートテクトニクスは一朝一夕にその理論が完成したのではなく、その前段階として1912年にドイツの気象学者、アルフレッド・ウェゲナーが提唱した大陸移動説に端を発します。これは世界地図を見ると、大西洋の両岸の形がよく似ている事を説明するアイデアとして提唱されたものです(図1)。

  図1ヨーロッパで売られている世界地図。大西洋の両岸の形の類似性には、科学者だけでなく、多くの人たちが気付いていた。これがウェゲナーの大陸移動説の出発点となった。
 その後、泳げないカタツムリやミミズの同じ化石がアフリカと南アメリカで発見される等の傍証は存在していたのですが、大陸が移動する原動力が説明できず、そのため大陸移動説は1930年代には一度は見捨てられてしまいました。その後、第二次世界大戦後に、潜水艦探知技術等を応用した海底観測技術が飛躍的に発展し、大陸は海底に乗ってまるで筏のように受動的に動いている事が1967年頃に証明されたのです。これを海洋底拡大説と言います。そしてこの海洋底拡大説がプレートテクトニクスの確立に大きく貢献する事になったのです。
 実は筆者の世代は小松左京のSF小説にちなんで「日本沈没世代」とも呼ばれています。実際には『日本沈没』ではなく、日本におけるプレートテクトニクスの最大の啓発書と言える上田誠也博士の『新しい地球観』(1971年初版)に触発されて地球科学を目指したのです。この本は日本でも最終的に 80 刷を超える増刷となっただけでなく、英語でも出版され、その後フランス語、ドイツ語、ロシア語、スペイン語、アラビア語等にも翻訳されました。これが『The New View of the Earth』です。筆者はこの『新しい地球観』を高校生の時に当時の地学の先生から紹介され、非常に面白く読んだ事を鮮明に覚えています。まさかその後、上田誠也先生のもとで学位を取得するようになるとは夢にも思いませんでした。ちなみにその本を見返してみますとなんと初版を購入していました。
 現在の地球科学の常識は「動かざる事大地の如し」ではなく、「動く事大地の如し」となったのです。プレートテクトニクスは、現代の地球科学で最も重要な考え方という事になったのです。
 図2は1億年前の大陸の分布がどのようなものであったかを示したものです。

図2 今から1億年前の大陸の分布(Jean Besse, Institut de Physique du Globe de Parisによる)。大西洋はまだ非常に小さな海であった。
インドとマガダスカルが近接している事にも注目。この後、インド亜大陸が急激に北上してユーラシア大陸と衝突した。その激しい衝撃でヒマラヤ山脈が誕生した。