トランプ2・0を考える (客員教授 東郷和彦)
5月1日 グローバル地域センター 客員教授 東郷和彦
序言:
世界中が「トランプ2・0」について議論している。筆者も、2024年11月トランプ2・0の登場が確定し、就中2025年1月20日大統領職に正式に就任して以降、様々な角度から、その登場の意味を考えさせられてきた。
そこで本稿では、筆者が、トランプの大統領職への正式就任以降、国際的なシンポジウムで発表した卑見を中心に以下の視点から、トランプ2・0の意味を考えたい。
世界中が「トランプ2・0」について議論している。筆者も、2024年11月トランプ2・0の登場が確定し、就中2025年1月20日大統領職に正式に就任して以降、様々な角度から、その登場の意味を考えさせられてきた。
そこで本稿では、筆者が、トランプの大統領職への正式就任以降、国際的なシンポジウムで発表した卑見を中心に以下の視点から、トランプ2・0の意味を考えたい。
- まず、トランプ2・0登場の背景である。
- 次に、トランプが実現しようとした大筋の政策内容である。
- 更に、トランプ2・0が日本自身が存在している東アジアにおいてもっている意味である。
- 最後に、東アジアにおけるトランプ2・0の問題を考える時に不可避的に登場するのがトランプ2・0と中国との関係であり、トランプ2・0の下で展開される日中関係の意味について考えたい。
第一章 トランプ2・0の背景
トランプ2・0は「衰退するアメリカ」に対する一つの回答として登場した。アメリカの衰退には、歴史的必然と人為的政策の誤りと二つの原因がある。
1945年に第二次世界大戦が終了した時、その勝利者として米国とソ連の二カ国が登場した。しかし、軍事力・経済力・文化力を総合する国力としては、アメリカの力が世界の第一人者となる時代がここから始まった。
1945年から冷戦の終了・ソ連邦の崩壊に至る1990年頃までの45年間、アメリカは世界のリーダー国ないし覇権国の立場を占めた。1990年頃には、アメリカは、冷戦の勝利者として、世界の圧倒的ナンバーワン帝国になった。
それから今まで丁度35年の間、ナンバーワン帝国となったアメリカは、その指導力を効果的に発揮すれば、2025年、前期の45年の上に後期の35年を上乗せして、更なる大帝国になったはずである。
しかし、現実には、後期の35年の間に、むしろ世界中の戦争は拡大し、それを押さえつけようとするアメリカの力は弱化したように見える。それはこの後半35年の間にアメリカ帝国主義は致命的な間違えをやってしまったからである。
アメリカは、自分こそ世界の本質的価値(人権、民主主義、法の支配等)への最高の到達者であり、これから長きにわたってそうあり続けると過信した。
アメリカないしアングロサクソンには、世界を指導する例外的使命Exceptional Missionがある、冷戦後のアメリカ一人勝ち思想、すなわち、新保守主義(ネオコン思想)はその現代版と考えればわかりやすいと思う。
アメリカにとっての最大の不幸は、この35年の間に、絶対的な勝者の責務は、敗者の立場に立って考え、敗者との共存を図ることだという謙虚さ(英語で言えばmagnanimity)を持つ大統領が一人も生まれなかったことだと思う。
結果として、2022年2月の対ウクライナへの「特別軍事作戦」によってロシアはアメリカに対する牙をむき、2023年10月の対イスラエル奇襲作戦により、ハマスはアメリカ及びアメリカの庇護下にいるイスラエルに、手痛いしっぺ返しを行ったように見える。
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トランプ2・0は「衰退するアメリカ」に対する一つの回答として登場した。アメリカの衰退には、歴史的必然と人為的政策の誤りと二つの原因がある。
1945年に第二次世界大戦が終了した時、その勝利者として米国とソ連の二カ国が登場した。しかし、軍事力・経済力・文化力を総合する国力としては、アメリカの力が世界の第一人者となる時代がここから始まった。
1945年から冷戦の終了・ソ連邦の崩壊に至る1990年頃までの45年間、アメリカは世界のリーダー国ないし覇権国の立場を占めた。1990年頃には、アメリカは、冷戦の勝利者として、世界の圧倒的ナンバーワン帝国になった。
それから今まで丁度35年の間、ナンバーワン帝国となったアメリカは、その指導力を効果的に発揮すれば、2025年、前期の45年の上に後期の35年を上乗せして、更なる大帝国になったはずである。
しかし、現実には、後期の35年の間に、むしろ世界中の戦争は拡大し、それを押さえつけようとするアメリカの力は弱化したように見える。それはこの後半35年の間にアメリカ帝国主義は致命的な間違えをやってしまったからである。
アメリカは、自分こそ世界の本質的価値(人権、民主主義、法の支配等)への最高の到達者であり、これから長きにわたってそうあり続けると過信した。
アメリカないしアングロサクソンには、世界を指導する例外的使命Exceptional Missionがある、冷戦後のアメリカ一人勝ち思想、すなわち、新保守主義(ネオコン思想)はその現代版と考えればわかりやすいと思う。
アメリカにとっての最大の不幸は、この35年の間に、絶対的な勝者の責務は、敗者の立場に立って考え、敗者との共存を図ることだという謙虚さ(英語で言えばmagnanimity)を持つ大統領が一人も生まれなかったことだと思う。
結果として、2022年2月の対ウクライナへの「特別軍事作戦」によってロシアはアメリカに対する牙をむき、2023年10月の対イスラエル奇襲作戦により、ハマスはアメリカ及びアメリカの庇護下にいるイスラエルに、手痛いしっぺ返しを行ったように見える。
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第二章 トランプ2・0の政策内容
トランプ2・0は、このようなネオコン・アメリカを最も手厳しく批判する大統領として登場した。
筆者は、MAGAと言う政策は、ネオコン大統領の「アメリカ優越主義」とは異なり、その本質において、弱くなったアメリカが、民族の誇りを失わずにダウンサイズしていくためのロードマップを示す政策と考えてきた。
具体的には三つの問題がある。
トランプ2・0は、このようなネオコン・アメリカを最も手厳しく批判する大統領として登場した。
筆者は、MAGAと言う政策は、ネオコン大統領の「アメリカ優越主義」とは異なり、その本質において、弱くなったアメリカが、民族の誇りを失わずにダウンサイズしていくためのロードマップを示す政策と考えてきた。
具体的には三つの問題がある。
- 第一は、国内白人の経済的窮乏化救済の問題である。是こそトランプにとっての急務である。戦後アメリカが柱となって進めてきたブレトン・ウッズ体制と自由貿易を続ける余力はない。その直截な方策は、関税賦課による貿易赤字の削減である。その政策の経済的意味について賛成するにせよ、反対するにせよ、4月2日を契機に開始された「超大規模関税政策」は、このトランプの内在論理から、生まれざるをえなかったと言えるのではないだろうか。
- 第二に、ダウンサイズ外交政策は、アメリカが国境を接する国々、南北アメリカ大陸に関わる諸問題として提起されている。
これが、メキシコ、カナダをめぐる国境管理、パナマに対して、パナマ運河の管轄権を要求する問題、グリーンランドの領有権問題であり、一種の「モンロー主義」の戦略を形成していることが注目される。 - 第三に、国際社会全体で起きている戦争と平和の問題については、1月20日の大統領就任演説で述べた、「世界最強の軍隊を築くが、戦争を終わらせ、参戦しないことにより、成功を測る」という発言は、やはり重要だと思う。ダウンサイズでギリギリの国益を追求する以上、アメリカを再び戦わざるをえない戦争に巻き込むような事態は、アメリカの利益にならないという冷徹な計算・判断があるように見えるからである。
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第三章 東アジアにおけるトランプ2・0の意味
トランプの最大の問題意識は、中国にある。最も重大な問題として、アメリカに代わる次の時代の最強国が中国となることを、トランプはそれなりに自覚していると思う。従って、トランプは、中国がMAGAの妨げにならないことを対中国政策の核心としていると思う。その政策目的の範囲内で、具体的課題としてまず生起しているのは、アメリカの対中巨額の貿易赤字の解消である(2024年で、アメリカの中国からの輸入4380億ドル・中国への輸出1430億ドル)。
その結果、他国に比べ大幅な関税を課したところ、中国は、直にそれに見合った関税を課し、4月13日の時点で、アメリカの対中国関税145%・中国の対米関税125%に跳ね上がっている。その結果、両国間の緊張は高まり、世界の注目は今後の米中対立に集まってきた。しかし、トランプが発している習近平に対する非常な高評価などから考えると、このまま、米中対立の深化・拡大が不可避と断ずる理由もないように、筆者には思われる。
安全保障政策で最も難しい問題が起きかねないのは台湾問題であるが、トランプが、この問題で中国を挑発するとは、これまでの彼の言動から判断する限り、考えにくいと筆者には思われる。
一方日本外交は、トランプ関税に対しては対抗措置をとるのではなく、4月7日に石破総理とトランプとの話し合いで交渉によって解決する方針を伝達。70カ国を超える由の対話国の先陣をきることとなった。中国のやり方とは違うが、これはこれで、交渉により国益を守ろうとするアプローチであると思う。
トランプ外交のやり方には、戦後の国際関係の作り方の基本であった、①多国間主義に基づく協力、②リベラルな価値や制度、③グローバルな貧困と恐怖からの自由、④自然・環境・気候等の重要性等は考慮の対象に入っていない。しかし、トランプにはトランプとして、衰退するアメリカを直截な方法で救い上げるという大目的があり、彼の目的と手法を直に「認めない」というだけでは、問題の解決にはならないと思う。
中国にしても日本にしても、自らの判断で自らが信ずる国益に従って動き、そのプロセスの中でトランプ2・0との相互調和を目指す以外の方策はないのではないだろうか。
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トランプの最大の問題意識は、中国にある。最も重大な問題として、アメリカに代わる次の時代の最強国が中国となることを、トランプはそれなりに自覚していると思う。従って、トランプは、中国がMAGAの妨げにならないことを対中国政策の核心としていると思う。その政策目的の範囲内で、具体的課題としてまず生起しているのは、アメリカの対中巨額の貿易赤字の解消である(2024年で、アメリカの中国からの輸入4380億ドル・中国への輸出1430億ドル)。
その結果、他国に比べ大幅な関税を課したところ、中国は、直にそれに見合った関税を課し、4月13日の時点で、アメリカの対中国関税145%・中国の対米関税125%に跳ね上がっている。その結果、両国間の緊張は高まり、世界の注目は今後の米中対立に集まってきた。しかし、トランプが発している習近平に対する非常な高評価などから考えると、このまま、米中対立の深化・拡大が不可避と断ずる理由もないように、筆者には思われる。
安全保障政策で最も難しい問題が起きかねないのは台湾問題であるが、トランプが、この問題で中国を挑発するとは、これまでの彼の言動から判断する限り、考えにくいと筆者には思われる。
一方日本外交は、トランプ関税に対しては対抗措置をとるのではなく、4月7日に石破総理とトランプとの話し合いで交渉によって解決する方針を伝達。70カ国を超える由の対話国の先陣をきることとなった。中国のやり方とは違うが、これはこれで、交渉により国益を守ろうとするアプローチであると思う。
トランプ外交のやり方には、戦後の国際関係の作り方の基本であった、①多国間主義に基づく協力、②リベラルな価値や制度、③グローバルな貧困と恐怖からの自由、④自然・環境・気候等の重要性等は考慮の対象に入っていない。しかし、トランプにはトランプとして、衰退するアメリカを直截な方法で救い上げるという大目的があり、彼の目的と手法を直に「認めない」というだけでは、問題の解決にはならないと思う。
中国にしても日本にしても、自らの判断で自らが信ずる国益に従って動き、そのプロセスの中でトランプ2・0との相互調和を目指す以外の方策はないのではないだろうか。
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第四章 トランプ2・0の下での日中関係の展望
以上の東アジアにおける中国・日本・アメリカの関係を見れば、石破外交は、トランプ2・0への対策としてではなく、「東アジアにおける引っ越しのできない隣国としての対中外交を堅実に発展させることが重要である」との観点より、これからの日中関係を推進しようとしていると思われる。
実際の日中関係も概ねその方向に向かっているように思われる。
11月15日にペルーのリマでAPEC首脳会議が行われ、その際の石破・習近平会談で、「戦略的互恵」を基礎とする大きな方向性が浮上した。 12月には岩屋外相訪中。第二回日中ハイレベル人的・文化交流対話も行われた。 2025年1月には自民党森山幹事長他が訪中。
以上の東アジアにおける中国・日本・アメリカの関係を見れば、石破外交は、トランプ2・0への対策としてではなく、「東アジアにおける引っ越しのできない隣国としての対中外交を堅実に発展させることが重要である」との観点より、これからの日中関係を推進しようとしていると思われる。
実際の日中関係も概ねその方向に向かっているように思われる。
- 3月には、王毅外相が来日し重要な二国間会談が行われるとともに、日中韓外相会議が行われた。
- 私の尊敬する友人は、内閣官房安保局と中国共産党中央弁公丁の間のホットラインの設置など様々な建設的アイディアをだしている。これらのアイディアが、段階的にでも実施されていけば素晴らしいと思う。
- この間、日中それぞれ相手国に対する査証を拡大した。両国ともに、大変好評のようである。
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最後に日中の間の幅広い対話として二点あげておきたいと思う。いずれも、トランプ関税戦争をめぐって対立ばかりが注目されるなかで、それとかかわりのない長期的視野を持つ政策が、貴重な意味を持つことを伝えていると思う。
第一は、戦争と平和の問題について、日本国民の幅広いコンセンサスとして「東アジアで二度と戦争を起こさせない」という課題があることである。このことは、均衡のとれた「抑止と対話」と十分に両立するものではあるが、本来の目的がここにあることが様々なレベルで日中の間で確認されていければ、素晴らしいと思う。
第二は、習近平主席が登場してから、その内外政策の一つの軸になってきた「一帯一路政策」がその質・範囲・意味において、増々発展していることである。当初全体として警戒感が目立った日本側においても、安倍総理の時代に一皮むけた様々な協力の動きが進み始めた。いまの混乱の時にこそ、このような長期的視野をもった協力が進んでいければ、素晴らしいのではないだろうか。
(了)
第一は、戦争と平和の問題について、日本国民の幅広いコンセンサスとして「東アジアで二度と戦争を起こさせない」という課題があることである。このことは、均衡のとれた「抑止と対話」と十分に両立するものではあるが、本来の目的がここにあることが様々なレベルで日中の間で確認されていければ、素晴らしいと思う。
第二は、習近平主席が登場してから、その内外政策の一つの軸になってきた「一帯一路政策」がその質・範囲・意味において、増々発展していることである。当初全体として警戒感が目立った日本側においても、安倍総理の時代に一皮むけた様々な協力の動きが進み始めた。いまの混乱の時にこそ、このような長期的視野をもった協力が進んでいければ、素晴らしいのではないだろうか。
(了)
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1本稿記載のテーマは、すでに、二つの国際シンポジウムで筆者より発表されたものを更に精査したものである。第一は、2025年3月11日、山梨学院大学国際共同研究センター主催『2025:日中関係に春が訪れるか』での筆者からの発表論考「トランプ2・0と日中関係」。第二は、 2025年4月25日、在大阪・中国総領事館他主催『新時代の中国を読み解く・中日シンクタンクシンポジウム2025 in大阪』での筆者からの発表論考「トランプ2・0と日中関係」。本稿はその観点では、同一の発想に基づく筆者からの三回目の対外発信となる。静岡県立大学グローバル地域センターの読者の参考になれば、幸甚である。