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日本企業はなぜ中国ビジネスに苦労が多いのか (特任教授 柯隆)


静岡県立大学グローバル地域センター 
特任教授 柯隆

 日本企業の中国離れは加速している。ソニー、キヤノン、三菱自動車、ブリヂストン、TOTOなど日本の大手製造企業は相次いで中国からの撤退ないし中国ビジネスを縮小している。中国景気が減速しているとはいえ、多くの商品について依然として世界最大の市場である。自動車を例に挙げれば、2024年、中国の自動車販売台数は3,144万台に上る(うち、BEV772万台、PHV515万台、工場出荷ベース、輸出含む)。にもかかわらず、三菱自動車は中国から撤退した。なぜだろうか。
 個人的に外国企業が中国に進出する前に、中国独特のビジネスサイクルを理解しないといけないと考えている。多くの日本企業は中国のビジネスサイクルを理解して、うっかりして中国に進出したからそのあとの苦労は絶えない。
 実は、信じられないことだが、日本の大企業の中国進出は必ずしも綿密なマーケットリサーチを行っておらず、他社(ほかの日本企業および同業の欧米企業)の動きを参考に決断されている。多くの日本大企業の情報収集の主戦場は経団連などの経済団体の会合である。他社が中国に出ていると聞くと、自分の会社も出遅れないようにと考える社長や会長は少なくない。
 対外直接投資の基本的な条件といえば、投資先の経営環境、諸制度、市場展望、自社の国際ビジネス人材などを精査しないといけない。残念ながら、日本の多くの大企業はこういった条件が備わっていないのに、社長や会長の横並び意識で投資が決断されている。
 ここでとくに焦点を当てたいのは中国特有のビジネスサイクルである。
 フェーズ1は外国企業によってある新技術が中国に持ち込まれる。その技術を中国企業はあの手この手を使って習得しようとする。わかりやすい例はカラーテレビの製造技術である。最初は中国企業はカラーテレビを作ることができなかったが、時間が経てば、いずれその大まかな技術を習得した。
 フェーズ2に入ると、中国政府は当該「新」技術を習得した企業に補助金を支給し、地場企業の「創新」を奨励する。すると、フロンティアの中国企業は躍進する。
 フェーズ3に入って、新規参入企業は急増する。そこでトップメーカーのフロンティア企業は突然大幅な値下げを発表して、価格競争を繰り広げる。この段階で多くの新規参入者がノックアウトされるだけでなく、外国企業の製品価格が割高なので、一気に売れ行きが悪くなり、経営が苦しくなる。
 フェーズ4に入ると、中国に直接投資する外国企業は中国から撤退していく。問題は中国企業が独自で技術開発を続けることができるかどうかにある。
 本来ならば、外国企業は当該商品・製品の最先端技術を持っているため、価格競争に参加せず、強い技術力を売り物にすべきである。しかし、中国は所得格差の大きい国であり、地場企業はミドルクラスより下の層をターゲットに収めて攻める。いわゆる薄利多売の戦略である。その技術力の上昇とブランドの認知度の向上に従い、徐々にミドルクラスより上の層を狙うようになる。
 地場企業の最初のボリュームゾーンは価格の安い商品である。そのとき、日本企業は驕りがあって、まったく危機感が出てこない。当然のことながら、対策を考えることもしない。地場企業がボリュームゾーンをミドルクラスよりも上の層に引き上げてくると、日本企業の経営は一気に苦しくなる。しかし、対策が用意されていない。
 結論的にいうと、中国は大きな市場だが、簡単に攻略できる市場ではない。技術の優位性を以て中国市場を攻略できるのは中国経済がキャッチアップする初期の段階で中国企業の技術力がまだ弱いときだった。今、中国は世界の工場になっており、中国企業の製造技術は先進国企業に比べて、決して遜色しない。半導体など最先端の技術こそ先進国の企業にまだ及ばないが、汎用品の製造は先進国企業以上になっているかもしれない。
 スマホやPCのアクセサリー(イヤホンや充電器など)メーカーのアンカー(Anker)の創業者Steven Yangは北京大学を卒業した若者でハーバード大学で留学したあと、Googleに入社し、ビジネスを学んだあと、創業したものである。その商品の企画こそアンカーによるものだが、製造はすべて中国地場企業である。トランプ大統領でさえiPhoneを充電するときアンカーの充電器を使っている。
 戦略といわれるものは決して巧妙で難解なものではなくて、当たり前のことを当たり前に実行することである。日本企業が警戒すべきことは自らの驕りであり、組織の硬直性である。組織の硬直性とは前例主義であり当たり前のことをやらない体質である。