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日本在住のムスリム人口と静岡の現状(副センター長 富沢壽勇)


10月27日 静岡県立大学副学長
グローバル地域センター副センター長
国際関係学部特任教授 富沢壽勇
 

 本邦の在留外国人数は、2020年末からの3年間に289万人から341万人に増加しているが(18%増)、店田廣文の推計によれば、同期の3年間に外国人ムスリム(イスラーム教徒)人口は184,121人から294,385人にまで急増している(60%増)[「日本のムスリム人口2024年」]。このうち正規の滞在資格を有する外国人ムスリムが287,848人で、この中には「日本人の配偶者」資格の外国人ムスリム9,903人が含まれる。さらに「不法残留者」の外国人ムスリム推定6,537人も合わせると、2023年12月末の外国人ムスリム推計人口は294,385人となる。これに2023年12月末現在の日本人ムスリム推計人口54,000人を足せば約35万人のムスリムが現在の日本に暮らしていることになる。遡れば本邦のムスリム人口は2010年時点では約11万人(外国人ムスリムが10万人、日本人ムスリムが1万人)だったので、2024年初めまでに3倍以上に達したことになる。

 このように近年急増している日本のムスリム人口の地域分布の特徴を検討してみると、滞日ムスリム人口全体の大都市圏への集住傾向が顕著であり、2023年末で関東1都6県に44.1%、中京3県(静岡、愛知、岐阜)に12.9%、関西3府県(京都、大阪、兵庫)に9.8%で、これら3地域を合わせて66.8%に達する[店田 2024の表6の都道府県別データをもとに富沢が算出し直した]。
 静岡県内のムスリム人口は下表に示すように2023年ですでに1万人を超えている。
   構成比率(%)1990年 構成比率(%)2005年 構成比率(%)2020年  構成比率(%)2023年
    静岡  1.6  481      4.5   4,938    3.4   7,721   3.0   10,635
    愛知  4.5   1,326    8.7   9,443    9.5   21,920   8.1   28,359
    岐阜  0.6   179     1.1   1,164    1.6   3,740   1.8   6,439
   
 ムスリムの定着・定住化の進展するなかで、在住ムスリムが抱える主な課題は概ね次の通りである。(1) 日本人社会の中で著しい少数派であるためムスリムとしての生活が理解されにくい、(2)ハラール食品、ハラール飲食店についての情報もアクセスも著しく限られる、(3) 断食や1日5回の礼拝が職場や学校等で理解されにくい、(4) 土葬が理解されにくく、ムスリムの墓地がきわめて少ない、(5)ムスリムとしての子供の教育、しつけの環境が不十分、等々。在住ムスリムのみならず、訪日ムスリム観光客などにとってもハラール食品や礼拝施設の情報提供等は重要である。これについて本県はハラール・ポータルなどのオンラインサービスがだいぶ整備されつつあり、県内飲食店や食品産業の昨今の積極的な努力の積み重ねも一応評価したい。

 礼拝施設としてのモスク(マスジド)については、本邦では戦後しばらくは神戸モスク(1935)、東京ジャーミイ(1938/2000)、バライ・インドネシア礼拝所(東京目黒区 1962)の3箇所があったに過ぎず、1980年代はじめにアラブ・イスラーム学院(東京港区 1982)が加わって4箇所になったが、1990年代に入ると一ノ割モスク(埼玉春日部市 1991)を皮切りに急増し、2024年6月現在まででモスクの数は全国130自治体に147箇所を数える[店田 2024]。静岡県内のモスクは富士モスク(富士市 2001、国内23番目)、浜松モスク(浜松市 2006、国内38番目)、静岡モスク(マスジド)(静岡市 2019、109番目)の3箇所。2010年に発足した静岡ムスリム協会は在住ムスリム相互の情報交換や相談の場として重要な役割を果たしてきたが、2019年に用宗の漁港近くに念願の静岡マスジドを開堂した。同モスクは内装やインテリアに和風の要素を取り入れ、日本人住民との調和と交流も図っている。

 定着、定住するムスリム住民の増加に伴い、ムスリムの埋葬地確保も切実な問題となっている。ムスリムは来世を信じ、死後もいつか神による最後の審判があると信じるため土葬が必須で、死の翌日には埋葬される。死者たちは復活の日に肉体とともに蘇り、神の前に呼び出され、生前の行状に応じて天国か地獄に振り分けられる。したがって、そもそも火葬などは肉体の復活を不可能にするのでムスリムには全く容認できない恐ろしい方法である。他方、現代日本では火葬が圧倒的で、土葬が可能な地域はきわめて限られており、ムスリムを埋葬できる墓地は全国で多めに数えてもせいぜい10ヶ所程度のようである。1962年開設の文殊院塩山イスラム霊園(山梨県甲州市)は比較的早くから有名だが、現在は、よいち霊園(北海道余市町)、谷和原御廟霊園(茨城県常総市)、MGIJムスリム墓地(茨城県小美玉市)、本庄児玉聖地霊園(埼玉県本庄市)、清水霊園イスラーム墓地(静岡県静岡市、2010年施工)、高麗寺霊園(京都府南山城村)、大阪イスラミックセンター墓地(和歌山県橋本市)などがイスラーム墓地と考えられ、このほか多磨霊園(東京都府中市)や神戸市立外国人墓地(兵庫県神戸市)などにもムスリムが埋葬されている墓地区画が一部あるようだ。大雑把に言えば、イスラーム墓地の分布域はムスリム人口集住地域とほぼ対応しているように思われ、東北地方や四国・九州地方には皆無である。近年の動向としては、大分県別府市では別府ムスリム協会が2019年に日出町内の土地を購入し、町に対して別府ムスリム霊園の開設計画を示したが、土葬による農業用水汚染の危惧等を理由に住民からの反対があり、予定地の変更も含めて交渉を重ねた。しかし2024年に町長が替わったのを契機に同計画は結局白紙に戻った。同じく、宮城県でも地元ムスリム団体からの要請に応えて土葬墓地整備計画を2024年10月の県議会で知事が表明したが、2025年になって県内全市町村長のいずれからも賛同が得られなかったとの理由で同計画を撤回した。このような現状を考えると、全国的にも稀少なイスラーム墓地が静岡県内にすでに存在しているのは地元や県外のムスリムにとっても助かると思われる。多文化共生を推進する本県においてもムスリムの貴重な生活インフラとして位置づけ理解したらよいであろう。