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新型コロナ問題:科学リテラシーの醸成を(特任准教授 鴨川仁)


5月18日 特任准教授 鴨川仁
2020年3月、東日本大震災からちょうど9年の時期に新型コロナウイルスが発生した。致死率がそれなりにあり、ワクチンのないウイルスによる感染者が日本で増え始めたことにより人々は混乱し、社会は機能不全になり始めた。この混乱は福島原発事故による放射能汚染でのパニックと類似性がある。今まさに、コロナウイルス問題に対して科学リテラシーが行政からあらゆる個人まで求められている。コロナウイルスは全世界の問題であるが、日本では近年、科学リテラシーを行政から個人まで求められた類似した事象がある。

それは、2011年3月の東日本大震災後の原発事故である。2011年当時、放射線量や自然放射線などの知識が市民にほとんどなかった中で原発事故起源の放射線の影響が特に大きかった東日本では、どのように生活をするかが大きな問題であった。連日、マスメディアでは、識者が解説しコメンテーターがコメントした。さらに、インターネット普及の拡大期であったため、あらゆる情報や噂は増え続け、社会に混乱を招いていた。これらの要因の一つは、放射線の知識が実生活の中でほとんど浸透しておらず、市民や行政担当者にはそもそも基礎知識がなく、あふれんばかり情報の真偽、確度や鮮度などの取捨選択や判定ができなかったためである。

当時、日本国民の放射線教育の状況は良好ではなかった。中学校理科についていえば、2012年に約30年ぶりに中学校理科の教科書に放射線の内容が復活した。つまり、近年多くの世代では義務教育において学習機会がなかった。(原発事故以前から改定は確定していたが、奇しくも実施の前に事故が発生した)。一方、高校物理では教科書には以前から放射線の項目が含まれていた。高校の進学率(1970年台から90%を超え始め、1990年代では95%以上)と物理の履修者率(90年代以降から20%を切る)から推定すると、1割程度の人は放射線を学んだと推定できる。しかし、高校物理の中で放射線問題が大学受験で出題される例は極めて少ないこともあり、授業で取り上げられていないという調査報告が多数ある。その高校生の中から将来、中学理科、高校物理の教員が生れるわけであるから、放射線教育に苦手意識を持つ教員が多くなり、授業で取り扱わないという悪循環に至るのは容易に想像でき、事実、それを裏付ける調査結果もある。

このように2011年3月には放射線を学んだという人は日本では限りなく少なく、原発事故を理解するのも大変であったはずである。しかし、筆者の実体験から推察すると、科学的思考が訓練されていれば(科学リテラシーがあれば)、見知らぬ新たな分野だとしても知識の増強・判断力がつくはずである。筆者は長い間、理科(特に物理)教員を養成する立場にあった。前述の通り、将来の教員志望学生はもちろん現職理科教員ですら、放射線の実験技術どころか基礎知識も危うかった。しかし、理系学生・理科教員であれば科学的思考が訓練されているので、学ぶ機会の提供で瞬く間に判断力がついた。学習後の優れた事例を上げるならば、原発事故後における専門家の解説を咀嚼して児童、生徒、保護者、地域住民に説明をする実力が短時間で備わるまでに至っていた。この事例は、理科が専門の職業人だからと当然と早合点してしまいがちだが、ベースとなる科学リテラシーがあることこそが、新しいことに対しての判断力をつけることに肝要であることを意味している。

さて、コロナウイルスについてである。ウイルスという言葉は日常に溶け込んでいることから、誰もがおぼろげな知識はあるであろう。しかし、今は生きていくため、社会生活を営むために、そこから一歩踏み込んだ知識や判断力が、我々すべてに求められている。そして、連日あらゆる情報があふれている。原発事故時と引けをとらないどころか悪化している混乱ぶりは、科学リテラシーの欠落に基づいていることに起因している。日本は自然災害が多い国家である。疫病と自然災害が同時発生したらどうするか、などを想定すると、あらゆる人への科学リテラシーは急務である。社会全体に対し科学リテラシーの醸成環境をいち早く作り出さなければいけない。