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2019年の国際情勢展望(特任教授 柯隆)


1月7日 特任教授 柯隆
2018年の国際情勢を振り返れば、大きな戦争こそ起きなかったが、米中の貿易摩擦は貿易戦争に発展してしまった。この貿易戦争は貿易不均衡によってもたらされたものというよりも、米中による覇権争いとみる専門家が多いようだ。中国はすでに世界二番目の経済規模にまで発展しており、世界銀行などの国際機関の推計によれば、購買力平価(PPP)で評価した場合、中国のGDPはすでにアメリカを凌駕しているといわれている。名目為替レートで図る名目GDPでも中国がアメリカを凌駕する日は遠くないはずである。

多くの中国ウォッチャーは鄧小平氏の言葉「韜光養晦(とうこうようかい)」を好んで援用し、暗に習近平国家主席が鄧小平路線から逸脱してしまったと指摘する。習近平国家主席が進める拡張路線の正当性を議論する前に、40年前に鄧小平氏が「韜光養晦」という言葉を述べる社会背景を忘れてはならない。40年前の中国経済は破たん寸前の状態にあった。「韜光養晦」という言葉の意味は十分に強くなるまで控えめにするということであるから、鄧小平氏の判断は間違っていなかった。ただし、今、鄧小平氏が生きていたら、習近平国家主席と同じ拡張路線を進める可能性が高い。

日本人やアメリカ人からみると、中国の社会問題は日々深刻化しており、中国の国力は十分に強化されていない。しかし、今の中国人、とりわけ中国共産党幹部が描く中国の自画像はウルトラマン以上に天下無敵の存在である。「我が国の科学技術レベルはすでにアメリカを全面的に超越している」と清華大学胡鞍鋼教授(経済学)は北京で開催されたシンポジウムで声高に豪語した。外国人にとって妄言のように聞こえるかもしれないが、共産党指導部にとってこうした発言が真実かどうかよりも、国民を鼓舞してくれることのほうがありがたい。嘘でも百回いえば、本当のことと感じるようになる。

一方のアメリカはトランプ大統領が誕生して以来、アメリカ第一主義を唱え、鎖国政策に傾くようになった。これを受けて、国際社会の均衡は大きく崩れている。これまでのアメリカの国際戦略はアメリカを頂点とする国際社会の不満分子を硬軟両面の力で抑え込んできた。ときには、2001年9月11日に起きた同時多発テロのようにアメリカにもダメージを与えている。それでも戦後の国際秩序をみると、それは圧倒的にアメリカに利するものだった。

戦後の経済史をみると、ニクソンショックは大きな転換点だった。1971年8月15日、ニクソン大統領は突如として金とドルの交換の一時停止を宣言し(ニクソンショック)、戦後の世界経済を支えたブレトン・ウッズ体制が終結した。今振り返るとこの出来事の意味は、アメリカ経済が黄金の60年代を終え、慢性的に停滞を始めたということだった。むろん、アメリカのような多面的な巨象は一瞬にして崩れることをせず、徐々に停滞している。

アメリカが保護主義にまい進する第一歩は日本との貿易摩擦だった。経済学的な解釈では、貿易不均衡はアメリカ人の過剰消費と過小貯蓄によるものだといわれている。アメリカ人のこうした消費行動と貯蓄行動は今も変わらない。トランプ大統領は選挙戦で「アメリカを再び偉大な国にする」と選挙民に約束した。しかし、鎖国政策を実施することでアメリカは本当に偉大な国になるのだろうか。

結論をいえば、中国の台頭とアメリカの慢性的な停滞によって、これまで構築されてきたグローバルコミュニティは大きく揺れている。むろん、大きく揺れているのは米中だけでなく、ヨーロッパでも戦後構築されたバランスはイギリスのEU離脱によって崩れようとしている。

世界地図を鳥瞰すれば、世界的に気になるトレンドが見えてくる。それは国際政治の右傾化とナショナリズムの台頭である。ナショナリズムのマグマは火山が噴火するように大きな地殻変動を引き起こす可能性がある。既存の覇権国家アメリカはその既得権益を必死に守ろうとする。それにチャレンジする中国などの新興国家は世界地図を書き換えようとする。この対立は2019年さらにエスカレートする可能性が高い。世界は既に新たな不安定期に入っている。問題はそのリスクを管理することができないことだ。