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中国のパブリック・ディプロマシー―公式的・非公式的な中国語教育の拡大―(国際関係学部講師 奈倉京子)




10月24日  国際関係学部講師 奈倉京子

フランスインドシナ華人会館で行っている中国語塾の授業風景。
子どもたちはチャイニーズだが、中国語がほとんどできない。
休憩時間にはフランス語で会話をしていた。

国際社会におけるプレゼンスを高めつつある今日の中国。経済的、政治的な台頭は言うまでもなく、「文化」の力で世界の国々を惹きつけようとする民間に対する文化政策も巧みである。公式的な中国語教育(文化)の普及活動として、「孔子学院」の世界への普及が目覚ましい。孔子学院とは中国の教育部の管轄下にある国家漢語国際推広領導小組弁公室が海外教育機関(主に大学)と提携し、中国語や中国文化普及を目的に設立した公的教育機関のことである。小中学校向けのものは「孔子課堂」(孔子教室)と呼ばれている。国家漢語国際推広領導小組弁公室のウェブサイトによると、孔子学院は2004年に韓国ソウルで設立されたのを始めとし、2009年11月までに88カ国(地区)で282校の孔子学院、272校の孔子課堂、合計554校が開校している(http://www.hanban.edu.cn/confuciousinstitutes/node_10961.htm)。
日本では立命館大学、早稲田大学、愛知大学、北陸大学等に設置されている。

私が研究対象とするチャイニーズ(中国系移民)が集住する東南アジア、ヨーロッパ等の国にも、孔子学院(孔子課堂)が続々と開校し始めている。チャイニーズの歴史のある場所で開校する場合、チャイニーズやその団体が仲介者的役割を果たすケースも見られる。その一方で、これらのチャイニーズコミュニティで復活している非公式的な中国語教育の展開があり、このような動きからチャイニーズ社会の新たな時代の到来を垣間見ることができる。東南アジアでは、1950年代頃から華僑排斥が起こり、そのために中華学校が閉鎖されたり、チャイニーズの商売ライセンスが剥奪されたりした。そのため、中国語教育が停滞した時期が続いたが、中国の改革・開放以降、徐々に回復していった。昨年訪れたミャンマー(ヤンゴン・タウングー)でも、中国廟における中国語の塾が再開されていた。私のインフォーマントの家族でも、五世代目(ミャンマーに最初に移住した世代を一世代目とする)の子どもたち(小学生から中学生)が週末に中国語の塾に通っており、簡単な日常会話ができるが、その親の代は中国語ができない。教科書は中国(大陸)で最近出版されたものを、大使館を通して入手し使用しているということだった。

更に、今年8月にパリの数か所のチャイニーズコミュニティを訪れた際にも、中国語教育が「フランス潮州会館」(父方祖先の出身地が広東省の潮州という地方にある者が集まってできた扶助組織)や「フランスインドシナ華人会館」(インドシナから難民としてパリへ移住してきた華人によって設立された扶助組織)によって行われていることを知った。両者の組織の会員の多くは、インドシナで生まれ育ち、1977年、78年にパリへ移住してきた人たちである。元移住先国の中華学校で教育を受けてきたため、中国語が流暢であるが、このような中国での直接的経験のない人たちが主導で、第三の国において中国語(中国文化)の普及に努めているという点が興味深い。「フランス潮州会館」の中国語教室では、現在約800人の受講者がおり、そのうち20%はフランスの地元の人だと言う。夏に語学研修を含むサマーキャンプも実施しているが、中国側の受け入れには地元の僑務弁公室(海外華人やその中国国内に住む親戚、海外から帰還した人等に関する業務を司っている国務院に属する機関)が関わっている。後者は中国(大陸、台湾)からの留学生を教師として雇い、彼らの生活費を支援している。ここで使用している教科書は、偶然にもミャンマー(ヤンゴン)の中国廟で使用しているものと同じ中国広東省広州市の曁南大学出版社で編集されたものであった。曁南大学はもともと帰還した華僑を受け入れ、中国語や教科の補習授業を行う学校で、僑務弁公室の管轄下にあるという特殊な性質を有している。

このような状況から、海外のチャイニーズ社会で復活している非公式的な中国語教育にも、多かれ少なかれ中国政府の関与が見られ、チャイニーズの新世代のみならず、地元の人にも影響を与えていることがわかる。つまり、移民を媒体とした「公共外交」(中国語でパブリック・ディプロマシーの意味)が実践されているのである。中国の文化政策が、従来のチャイニーズネットワークを援用しながら行われている点が巧みであり、その普及の速さの一要因になっているのではないだろうか。