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アメリカの外交政策と米中関係の行方(特任教授 柯 隆)


1月25日 特任教授 柯 隆

 米中対立がエスカレートするなかで、ダボス会議に参加したアメリカイエレン財務長官は中国の劉鶴副首相と会談し、これから経済対話を続けることについて合意した。来る2月、アメリカ国務省ブリンケン長官は北京を訪問する予定である。米中高官の対話は両国の関係改善を意味するものだろうか。

 習近平政権は三期目に入って、真っ先に好戦的な「戦狼外交」を主導してきた王毅外相を交替させ、新たな外相に駐米大使秦剛を当てた。これもアメリカへの好意的なメッセージになるのだろうか。

 これからの米中関係を占ううえで、大いに参考となる一冊の本を紹介しておこう。松尾文夫著「アメリカと中国」(岩波書店、2017年)である。この本はある講演で講演会主催の一人の幹事からプレゼントされたものである。熟読して、一番ためになった著者の指摘の一つはアメリカ外交の二面性に関するものである。すなわち、アメリカ外交には人権、自由、法治などを重んずる理想主義と利益を重視する実利主義、すなわち、realismがある。このことは日本人にとって、とくにわからない点のようだ。

 日本人政治学者と意見交換すると、アメリカの外交政策はころころとよく変わると指摘されることがある。その典型は50年前の米中国交回復である。この指摘は間違っていないが、なにが背景で外交政策が変わるのかについて指摘されていない。

 共同通信社記者だった松尾氏は長年ワシントンに駐在して、アメリカ外交を至近距離から考察していたから、二面性の外交について指摘できた。個人的にアメリカ外交の理想主義と実利主義について理想主義は表で実利主義は裏であると理解している。もっといえば、理想主義はパフォーマンスにすぎず、もっとも大事にされているのは実利主義の実利ではなかろうか。

 このような見方を踏まえれば、米中関係について中国で人権が踏みにじられていることで両者が対立しているのだろうか。明らかにそうではない。アメリカ外交の表面的なパフォーマンスとして、中国政府による人権侵害などを批判しないといけないが、対立が激化するほんとうの原因は利益の衝突(conflict of interest)である。

 アメリカの大統領選挙のとき、一部の国際政治学者はいつものように共和党よりも民主党はイデオロギーを重視するため、民主党政権が誕生すれば、米中関係はもっと悪化すると指摘する。ほんとうにそうなのだろうか。

 アメリカの大統領は共和党だろうが、民主党だろうが、自国の利益を最大化しようとする。方法論的に違いがあっても、目的は同じはずである。

 中国は新興大国としてアメリカの覇権的地位にチャレンジしようとしている。それはアメリカの国益を害する可能性があるため、アメリカは中国を許すわけがない。しかし、アメリカはどこまで真剣に中国の民主化を求めているのだろうか。逆にいえば、中国はほんとうに民主化して、法治国家となれば、中国経済と社会はもっと成長しているに違いない。それは、アメリカにとってプラスかマイナスか、定かではない。さらにいえば、中国は民主化しなくても、鄧小平の自由化路線を続けていれば、中国経済は今のような悲惨な状況に陥っていないはずである。そうなれば、最短であと5年ぐらいで中国の経済規模はアメリカに追いつくとみられていた。

 すなわち、習近平政権は権力を集中させ、民営企業を締め付け、G7を中心とする民主主義国と対立すればするほど、自国(中国)の経済成長を邪魔するだけである。これは中国に利するよりも、むしろ、アメリカに利する動きとみるべきである。したがって、ホワイトハウスの報道官は中国政府による人権侵害を批判するが、そのために、中国を制裁することはない。中国国内の状況が苦しくなればなるほど、中国のエリート層はアメリカなどに移民するインセンティブが強く働く。このゲームの勝者はアメリカであり、敗者は中国のほうである。

 40年前、あるいは30年前、アメリカの左派の政治家と論客は中国の民主化に期待を寄せていたとすれば、今、むしろ、中国の民主化について無関心である。米中は利益の対立が解消されなければ、和解することはない。