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沖縄返還50周年を記念して(客員教授 東郷和彦)


5月2日 客員教授 東郷和彦

 2022年5月15日、沖縄が日本に返還されてからちょうど50周年を迎える。沖縄の返還のために、私たちの先人はどのような努力をはらったか、その結果沖縄はどうなったか、そしていま、ウクライナ戦争に象徴される世界情勢の大動乱の下で、沖縄はこれからどうなっていくのか。思えば、胸中去来する思いは少なからぬものがある。その一端をここに記してみたい。

 話はどうしても、1945年、太平洋戦争の最後の年までさかのぼらざるを得ない。日本の敗戦が確定的になる中で、日本本土での本格的な上陸作戦地として米軍は沖縄を選んできた。そして4月1日に総攻撃が始まり、94,000人の軍人と、ちょうどそれと同じ沖縄民間人94,000人の死者をだした末に、7月4日、沖縄戦は終了した。その日から沖縄は米軍の事実上の統治下におかれた。日本全体が降伏を決した8月15日より先立つこと一か月半のことであった。

 そのような経緯をふまえ1951年9月8日に署名されたサンフランシスコ平和条約第3条では、沖縄は、国連の信託統治制度の下に置き、そうなるまでは米国が行政、立法、司法上の権力を行使することとなった。爾来世にいうこの沖縄潜在主権を取り戻すことが歴代日本政府の課題となっていったのである。

 さて、筆者は、まったくの偶然から、この沖縄返還交渉に重大なかかわりを持つ二人の人間との縁を持つこととなった。一人は、佐藤栄作総理の指揮下で始まった交渉の前半で沖縄の核兵器問題の解決の任にあたった外務省北米局長東郷文彦(筆者の父)である。もう一人は、佐藤総理の指示より裏の秘密交渉の任に当たった若泉敬京都産業大学教授である。筆者とは直接の面識はないが、筆者は2009年から2020年まで、同大学世界問題研究所長としてこの大学に少なからぬ恩顧をいただいた縁による。

 核兵器問題を解決した表交渉は、1969年11月21日佐藤ニクソン共同声明第8項として合意された。要するに、①アメリカ側は日本の非核三原則を深く理解し、②返還するときには核兵器はいったん撤去するが、③もしも再持ち込みが必要になったら、1960年改訂安保条約で決められた「事前協議制度」に従って日本側の意向を聞くから、その時は、よく考えて返事をするということが決められたのである。

 しかし、佐藤総理は若泉敬氏をキッシンジャー安全保障担当補佐官のもとに派遣し、佐藤・ニクソン・キッシンジャー・若泉しか知らない「秘密合意議事録が作成された」(69年11月19日署名)。そこで佐藤総理は、「もしも核再持ち込みが必要になったらすぐにOKします」と約束したのである。若泉敬氏は後になって『他策なかりしを信ぜんと欲す』(94年5月)でその一部始終を公開した。東郷文彦はそのことを知らずに85年4月に他界、若泉敬氏は『他策なかりしを』を出版してから二年後の96年7月、沖縄県民への申し訳なさゆえか、自裁して他界したとされている。

 筆者は、京産大でしばらく東郷・若泉の研究をした際、二人の沖縄への真剣な思いに打たれた(拙著『返還交渉:沖縄・北方領土の光と影』PHP、2017年)。そういう二人の想いからして、返還後、沖縄は、本当に幸せになったのだろうか?誰しもが首をかしげると思う。最近の統計でも、日本国の0.6%の地域(沖縄)に米軍基地の74%が偏在するという状況が解決できていない。過去四半世紀は、民間住宅地の真ん中にある普天間基地の辺野古への移転問題が、未だに地元との関係で調整がついていない。基本的には国内問題であるこの問題の現状を筆者は恥ずかしいことと思う。

 更に国際的視点にたつなら、最近の動乱の世界情勢の下で、沖縄が置かれている戦略的な位置から、沖縄近辺が国際政治の発火点になりうるとの懸念が拡大している。東シナ海から中国海軍が西太平洋に到達するには、二つの航路しかない(図参照)。筆者の意見は、必要な備えはしなくてはいけないが、同時に不要にこの航路の「船を揺さぶるな!」Don’t Rock the Boat!である。

 第一の航路が「台湾海峡ルート」であるが、この点については、日本政府に1972年9月29日 日中共同声明第3項がある。
「中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第8項に基づく立場を堅持する。」である。「共同声明第3項の船を揺さぶってはいけない!」と思うのである。

 第二の航路が「沖縄ルート」であり、そのルートは尖閣諸島の横を通る。2012年9月11日日本政府が尖閣の内3島を民間所有者から購入し、中国政府はこれを激しく非難し、爾後、中国の海上警備船が定期的に尖閣領海に進入、この問題は、中国の「核心利益」になっている。

 この点については、2013年11月7日両政府は『日中関係の改善に向けた話し合い』という文書に合意している。これは、11月10日APEC首脳会議における安倍・習近平会談への準備として双方の事務当局が作りあげた文書であるが、取り上げられた4項目の一つに以下がある。
「双方は、尖閣諸島等東シナ海の海域において近年緊張状態が続いていることについて異なる見解を有していると認識し、対話と協議を通じて、情勢の悪化を防ぐとともに、危機管理メカニズムを構築し、不測の事態の発生を回避することで、意見の一致をみた」

 筆者はこれは極めてよくできた外交文書だと思う。この項目を揺さぶらずに、これを生かした両国間の対話と信頼が進むことを期待したい。