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ウクライナ危機と冷戦2.0の始まり(特任教授 柯 隆)


3月4日 特任教授 柯 隆

 世界地図を広げて鳥瞰して、どこが一番危ないかと聞かれたら、筆者を含めて多くの専門家は台湾海峡と答えるだろう。確かに中国の習近平主席は繰り返して、台湾の独立を阻止するために、武力行使を辞さないと明言している。それに対して、日米を中心とする世界主要国は中国の台湾侵攻に対して警戒を強め、予想されうるそれを阻止する準備をしている。

 しかし、実際に発火したのは台湾海峡ではなくて、ロシアによるウクライナ侵攻だった。2021年末から米国バイデン大統領は繰り返してロシアによるウクライナ侵攻の可能性を警告していた。多くの人はその可能性があるかもしれないが、全面的な侵攻はなかろうと思っていたに違いない。

 2022年2月3日北京で冬季オリンピックが開会した。この平和な祭典に対して、西側諸国を中心に外交ボイコットを実施したが、プーチン大統領は開会式に参加した。唯一の大国の首脳だった。そのときのプーチン大統領の表情からこれから戦争を始めるという兆しはほとんど見て取れなかった。習主席も戦争が始まるという情報を伝えられなかった可能性が高い。なぜならば、ウクライナに約6000人の中国人が滞在しているが、一人も事前に脱出していなかった。

 2022年はソ連崩壊の30周年だった。冷戦終結は歴史の終焉までといわれているように、世界は平和に向かって突進すると思われていた。冷戦時のような国家間の対立は下火になり、専門家は文明の衝突が起きると警鐘を鳴らしている。文明衝突の象徴はテロである。しかし、旧社会主義国と民主主義国の価値観の違いが取り除かれない以上、冷戦は終わることはない。ウクライナ危機の意味の一つは冷戦2.0の始まりであろう。

 マスコミの報道を通じて、ロシアのウクライナ侵攻を知った日本人の多くは、プーチンは何をしようとしているのか、事態の理解に苦しんでいるようだ。駐日ロシア大使はウクライナ政府がウクライナのロシア系住民に対するジェノサイド(大量虐殺)を実施し、NATOがウクライナを介してロシアに侵略しようとしているから、仕方がなくウクライナに侵攻したと弁明している。しかし、この2点に関する検証がほとんどなされないまま、戦争が起きた。

 ウクライナ危機はまだ終わっていない。その終わり方も見えていない。現段階でいえるウクライナ危機の二番目の意味は国際社会の団結の強化である。国連は緊急特別総会を招集し、対ロシア非難決議案が141か国の賛成多数で採決された。かつてないことのようだ。そして、今回、ロシアに対する制裁で、EUが結成されてからはじめてこんなに結束され、中立国のスイスやスウェーデンでさえ制裁に加わった。まさにEU2.0の現れといえるものである。

 この事態は間違いなくプーチン大統領が予想しなかったことだった。当初、プーチン大統領はウクライナ侵攻について数時間、長くても1、2日中にウクライナを征服し、ゼレンスキ大統領を退陣に追い込み、代わりに親ロ派大統領を擁立し傀儡(かいらい)政権を成立させる計画だったといわれている。しかし、蓋を開けてみると、ウクライナ人の抵抗が予想以上に強いものだった。なによりも、国際社会による経済制裁は迅速かつ強力なもので、ロシア経済に与えるダメージは日を追うごとに大きくなっている。同時に、ロシア国内の反戦運動も広がりをみせている。

 侵略者にとって戦争を始めるのは簡単だが、戦争を終わらせるのは難しい。プーチン大統領がこの戦争を起こす目的として領土の拡張だったはずだが、その代償はあまりにも大きいものになりそうである。すなわち、それはプーチン時代の終わりの始まりというものになる。少なくとも国際社会では、ロシアは孤立し、プーチン大統領も孤立するだろう。戦争の犠牲者に対して悔やまないといけないが、ウクライナ危機に意味があるとすれば、戦争をきっかけに国際社会は一致団結して暴君を追放し罰することである。