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北京五輪とスポーツナショナリズム(特任教授 柯 隆)


2月10日 特任教授 柯 隆
 オリンピックとパラリンピックは本来なら平和なスポーツ祭典のはずだが、実際は主催国がオリパラの開催で世界に対して国威発揚の好機と捉え、政治色が濃くなりがちである。半面、それに反対する国もおのずと現れてくる。オリパラを開催する国とそれをボイコットする国が対立してしまう。かつて、1936年に開催されたベルリンオリンピックはヒトラーのプロパガンダとなった。そして、1980年に開かれたモスクワオリンピックはソ連のアフガン侵攻に抗議するため、日米などの西側諸国を中心にそれに参加することをボイコットした。
 現在、北京で冬季五輪が開かれている。同じ都市で夏のオリンピックと冬季オリンピックが開かれたのははじめてのことといわれている。中国政府にとって五輪開催は間違いなく国威発揚の好機である。中国がオリンピックに正式に復帰したのは1984年のロサンゼルスオリンピックだった。
 ロサンゼルスオリンピックで中国人射撃選手許海峰は最初の金メダルを獲得し、名実ともに、ヒーローになった。ヒーローというのはスポーツ選手以上の偉業を成し遂げたとみなされているからである。中国国内の文脈では、かつて中国の国力が弱かったから、列強に侵略された。今、中国共産党のおかげで強い国になり、オリンピックで金メダルまで取れているぐらいである。8億人の中国人民が鼓舞され、まさに強国復権の象徴となったのだった。
 五輪は政治と距離を置かないといけないといわれるが、実際は、五輪を主催するのは主催国の政府であり、政治と距離を置くのは簡単なことではない。毎回のオリンピック開会式で選手、監督、審判が必ずオリンピック憲章を宣誓する場面がある。オリンピックの基本精神は公正に競技に参加するスポーツマンシップが重要であるといわれる。しかし、いざ試合になると、どうしても、スポーツマンシップに反する行為がみられる。その最たる事例は選手のドーピングである。昨年の東京五輪と今回の北京オリンピックに参加するロシアの選手はロシアを代表することができなくて、ROC、すなわち、ロシアオリンピック委員会として出場している。なぜならば、IOCによってロシアは組織的なドーピングが認定されたからである。きわめて異例なケースといわざるを得ない。
 今回の北京冬季オリンピックもまた異例なケースになっている。
 まず、コロナの感染拡大である。コロナウィルスへの対処法について東京五輪は中国にとり大いに参考になっている。東京では、バブル方式の開催がなされた。それに見習って、北京もバブル方式の開催を採用している。ただし、東京のバブルはきわめて不完全なものだったのに対して、北京のバブルは厳格に管理されたバブルである。
 そして、中国政府は北京オリパラを国威発揚の好機と捉えているはずだが、中国国内の人権問題に対して抗議するアメリカなどの国々は政府高官の覇権を見送り外交的ボイコットを行っている。2008年の北京オリパラには80か国以上の政府要人は開会式に参加したのに対して、今回の冬季五輪の開会式には20数か国の首脳しか参加していない。大国のなかで、ロシアのプーチン大統領だけ参加した。北京はオリパラを主催するのが二回目であり、開会式の演出は一段と洗練されたものだったが、外国政府の要人が少なかったせいか、どこか寂しい感じがした。
 さらに、オリンピックに出場の選手たちに対して、主要国政府はいつも使うスマホやパソコンなどを中国に持っていかないように勧告している。要するに、個人情報が盗まれる心配があるというのである。オリパラを開催する中国は世界からみると、そこまで信頼できない国になっている。
 それでも、中国国内では、スポーツ専門チャンネルで、毎日ライブで試合が中継されている。とくに、中国人選手がメダルを取ると、その偉業が大々的に称えられる。まさに、スポーツナショナリズムが高揚している。
 かつてオリンピックの開会式でも歌われた歌にWe are the worldがある。世界が融和し、一体になる。今回の北京オリパラのキャッチコピーも「ともに未来へ」と唱えられている。しかし、あまりにも厳格なバブル方式の開催によって、選手を中心とするスポーツ関係者は中国人と中国社会と接することなく、試合が終わると、そのままで帰国させられる。むしろ、中国と世界の分断が深くなるのではないかと心配されている。
 また、中国の人権問題に抗議する先進国のボイコットも中国人からみると、なんと非友好で横柄な連中たちだろうと怒る場面もある。少なくとも、オリパラに対するボイコットで中国の人権問題が改善されない。せいぜい中国政府に対する不満の態度を表明するだけである。それはどちらかといえば、先進国の首脳が自国の選挙民に人権重視の姿勢を示すだけではないのだろうか。
 こうしてみれば、近代オリンピアの精神から逸脱し、スポーツキャピタリズム(商業化)により、オリパラの開催で主催国の財政を悪化させる可能性がある。IOC幹部の腐敗も囁かれている。オリンピアの原点に立ち返るために、IOCとオリパラを抜本的に改革する必要があるかもしれない。